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2011年02月01日

新しいカウンセリングの実際のプロセス 20

今日も「新しいカウンセリングの実際のプロセス」について、述べてみたいと思います。
新しいカウンセリングの実践方法です。

初回のカンセリングに誰が来室するべきか、から述べます。
不登校や引きこもりの人のカウンセリングでは、スタート自体が難しいのです。

不登校や引きこもりの人の力になりたい人であれば、誰でもいいのです。
ただしその人を、不登校や引きこもりの人自身が嫌がることもあります。

その場合、その人は不適切です。
初期の段階では、来室しない方がいいことが多いのです。

ただし、人のこころはとても複雑です。
本当に来てもらいたい人ほど、不登校や引きこもりの人自身が嫌がるジェスチャーをすることもあります。

そのときは、その嫌がるジェスチャーに乗っていくことも大切です。
ジェスチャーを暴いてやろうとする姿勢は、常に避けなければいけません。

新しいカウンセリングにおいては、たとえジェスチャーであっても、それに乗っていくことが大切です。
実際のプロセスは、常に不登校や引きこもりの人のペースに従います。

ただし未成年者の場合、親に合うことは必要最低限の事実です。
不登校や引きこもりの人が嫌がっても、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。

そうしないと、カウンセリングに対する誤解が生じます。
そしてそれはカウンセリングの実際のプロセスを、ゆがめてしまうのです。

このような理由で、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。
ただし親に合うことを不登校や引きこもりの人が嫌がっているときは、その親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことも多いのです。

親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことのないように、未成年者のカウンセリングでは注意することが必要です。そしてそれを含めた意味で、未成年者のカウンセリングでは親に合います。

また年齢が若いほど、親の影響を受けています。
よって本人だけではなく、親に対するアドバイスも大切なのです。

親の不登校や引きこもりの人に対する理解が、深まれば深まるほど現実はより前に進みます。
そのための、親に対するアドバイスとも言えす。

それに親は、子供に対する重大な決定もするからです。
そもそもカウンセリングそのものも、親の子供に対する重大な決定です。

カウンセリングに先ず親が来室して、納得のうえで子供とともに来室する場合もあります。
ただし子供が暴力的である場合、子供とともに来室することをちゅうちょする親もいます。

暴力的な子供は親や、教師を嫌っています。そしてカウンセラーも親や、教師と同じようなものと考えます。そのために親は、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

さらには親も、カウンセラーは原因を追究するがゆえに、子供のこころを刺激すると考えます。
その結果、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

しかし新しいカウンセリングは、原因を追究するものではありません。
そのプロセスは、解決を前に構築するものです。

そして解決を前に構築するかぎり、マイナスに子供のこころを刺激することもありません。
そして、来室は子供の暴力を強めることもありません。

新しいカウンセリングのプロセスは解決を前に構築するものであるがゆえに、創造的なものです。
結論を言えば、心配無用です。

次回に、さらに述べます。

  

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2011年02月02日

新しいカウンセリングの実際のプロセス 21

今日も「新しいカウンセリングの実際のプロセス」について、述べてみたいと思います。
新しいカウンセリングの実践方法です。

初回のカンセリングに誰が来室するべきか、から述べます。
不登校や引きこもりの人のカウンセリングでは、スタート自体が難しいのです。

不登校や引きこもりの人の力になりたい人であれば、誰でもいいのです。
ただしその人を、不登校や引きこもりの人自身が嫌がることもあります。

その場合、その人は不適切です。
初期の段階では、来室しない方がいいことが多いのです。

ただし、人のこころはとても複雑です。
本当に来てもらいたい人ほど、不登校や引きこもりの人自身が嫌がるジェスチャーをすることもあります。

そのときは、その嫌がるジェスチャーに乗っていくことも大切です。
ジェスチャーを暴いてやろうとする姿勢は、常に避けなければいけません。

新しいカウンセリングにおいては、たとえジェスチャーであっても、それに乗っていくことが大切です。
実際のプロセスは、常に不登校や引きこもりの人のペースに従います。

ただし未成年者の場合、親に合うことは必要最低限の事実です。
不登校や引きこもりの人が嫌がっても、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。

そうしないと、カウンセリングに対する誤解が生じます。
そしてそれはカウンセリングの実際のプロセスを、ゆがめてしまうのです。

このような理由で、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。
ただし親に合うことを不登校や引きこもりの人が嫌がっているときは、その親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことも多いのです。

親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことのないように、未成年者のカウンセリングでは注意することが必要です。そしてそれを含めた意味で、未成年者のカウンセリングでは親に合います。

また年齢が若いほど、親の影響を受けています。
よって本人だけではなく、親に対するアドバイスも大切なのです。

親の不登校や引きこもりの人に対する理解が、深まれば深まるほど現実はより前に進みます。
そのための、親に対するアドバイスとも言えす。

それに親は、子供に対する重大な決定もするからです。
そもそもカウンセリングそのものも、親の子供に対する重大な決定です。

カウンセリングに先ず親が来室して、納得のうえで子供とともに来室する場合もあります。
ただし子供が暴力的である場合、子供とともに来室することをちゅうちょする親もいます。

暴力的な子供は親や、教師を嫌っています。そしてカウンセラーも親や、教師と同じようなものと考えます。そのために親は、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

さらには親も、カウンセラーは原因を追究するがゆえに、子供のこころを刺激すると考えます。
その結果、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

しかし新しいカウンセリングは、原因を追究するものではありません。
そのプロセスは、解決を前に構築するものです。

そして解決を前に構築するかぎり、マイナスに子供のこころを刺激することもありません。
そして、来室は子供の暴力を強めることもありません。

新しいカウンセリングのプロセスは解決を前に構築するものであるがゆえに、創造的なものです。
結論を言えば、心配無用です。

新しいカウンセリングは、親に会うことがスタートです。
ただしその後は、3パターンに分かれます。
それは子供のみのカウンセリング、子供と親が別々のカウンセリング、子供と親合同のカウンセリングです。

次回に、さらに述べます。

  

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2011年02月03日

新しいカウンセリングの実際のプロセス 22

今日も「新しいカウンセリングの実際のプロセス」について、述べてみたいと思います。
新しいカウンセリングの実践方法です。

初回のカンセリングに誰が来室するべきか、から述べます。
不登校や引きこもりの人のカウンセリングでは、スタート自体が難しいのです。

不登校や引きこもりの人の力になりたい人であれば、誰でもいいのです。
ただしその人を、不登校や引きこもりの人自身が嫌がることもあります。

その場合、その人は不適切です。
初期の段階では、来室しない方がいいことが多いのです。

ただし、人のこころはとても複雑です。
本当に来てもらいたい人ほど、不登校や引きこもりの人自身が嫌がるジェスチャーをすることもあります。

そのときは、その嫌がるジェスチャーに乗っていくことも大切です。
ジェスチャーを暴いてやろうとする姿勢は、常に避けなければいけません。

新しいカウンセリングにおいては、たとえジェスチャーであっても、それに乗っていくことが大切です。
実際のプロセスは、常に不登校や引きこもりの人のペースに従います。

ただし未成年者の場合、親に合うことは必要最低限の事実です。
不登校や引きこもりの人が嫌がっても、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。

そうしないと、カウンセリングに対する誤解が生じます。
そしてそれはカウンセリングの実際のプロセスを、ゆがめてしまうのです。

このような理由で、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。
ただし親に合うことを不登校や引きこもりの人が嫌がっているときは、その親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことも多いのです。

親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことのないように、未成年者のカウンセリングでは注意することが必要です。そしてそれを含めた意味で、未成年者のカウンセリングでは親に合います。

また年齢が若いほど、親の影響を受けています。
よって本人だけではなく、親に対するアドバイスも大切なのです。

親の不登校や引きこもりの人に対する理解が、深まれば深まるほど現実はより前に進みます。
そのための、親に対するアドバイスとも言えす。

それに親は、子供に対する重大な決定もするからです。
そもそもカウンセリングそのものも、親の子供に対する重大な決定です。

カウンセリングに先ず親が来室して、納得のうえで子供とともに来室する場合もあります。
ただし子供が暴力的である場合、子供とともに来室することをちゅうちょする親もいます。

暴力的な子供は親や、教師を嫌っています。そしてカウンセラーも親や、教師と同じようなものと考えます。そのために親は、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

さらには親も、カウンセラーは原因を追究するがゆえに、子供のこころを刺激すると考えます。
その結果、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

しかし新しいカウンセリングは、原因を追究するものではありません。
そのプロセスは、解決を前に構築するものです。

そして解決を前に構築するかぎり、マイナスに子供のこころを刺激することもありません。
そして、来室は子供の暴力を強めることもありません。

新しいカウンセリングのプロセスは解決を前に構築するものであるがゆえに、創造的なものです。
結論を言えば、心配無用です。

新しいカウンセリングは、親に会うことがスタートです。
ただしその後は、3パターンに分かれます。
それは子供のみのカウンセリング、子供と親が別々のカウンセリング、子供と親合同のカウンセリングです。

先ず子供のみのカウンセリングについて、述べます。
子供のみのカウンセリングは、親の希望である場合がほとんどです。

次回に、さらに述べます。

  

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2011年02月05日

新しいカウンセリングの実際のプロセス 23

今日も「新しいカウンセリングの実際のプロセス」について、述べてみたいと思います。
新しいカウンセリングの実践方法です。

初回のカンセリングに誰が来室するべきか、から述べます。
不登校や引きこもりの人のカウンセリングでは、スタート自体が難しいのです。

不登校や引きこもりの人の力になりたい人であれば、誰でもいいのです。
ただしその人を、不登校や引きこもりの人自身が嫌がることもあります。

その場合、その人は不適切です。
初期の段階では、来室しない方がいいことが多いのです。

ただし、人のこころはとても複雑です。
本当に来てもらいたい人ほど、不登校や引きこもりの人自身が嫌がるジェスチャーをすることもあります。

そのときは、その嫌がるジェスチャーに乗っていくことも大切です。
ジェスチャーを暴いてやろうとする姿勢は、常に避けなければいけません。

新しいカウンセリングにおいては、たとえジェスチャーであっても、それに乗っていくことが大切です。
実際のプロセスは、常に不登校や引きこもりの人のペースに従います。

ただし未成年者の場合、親に合うことは必要最低限の事実です。
不登校や引きこもりの人が嫌がっても、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。

そうしないと、カウンセリングに対する誤解が生じます。
そしてそれはカウンセリングの実際のプロセスを、ゆがめてしまうのです。

このような理由で、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。
ただし親に合うことを不登校や引きこもりの人が嫌がっているときは、その親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことも多いのです。

親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことのないように、未成年者のカウンセリングでは注意することが必要です。そしてそれを含めた意味で、未成年者のカウンセリングでは親に合います。

また年齢が若いほど、親の影響を受けています。
よって本人だけではなく、親に対するアドバイスも大切なのです。

親の不登校や引きこもりの人に対する理解が、深まれば深まるほど現実はより前に進みます。
そのための、親に対するアドバイスとも言えす。

それに親は、子供に対する重大な決定もするからです。
そもそもカウンセリングそのものも、親の子供に対する重大な決定です。

カウンセリングに先ず親が来室して、納得のうえで子供とともに来室する場合もあります。
ただし子供が暴力的である場合、子供とともに来室することをちゅうちょする親もいます。

暴力的な子供は親や、教師を嫌っています。そしてカウンセラーも親や、教師と同じようなものと考えます。そのために親は、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

さらには親も、カウンセラーは原因を追究するがゆえに、子供のこころを刺激すると考えます。
その結果、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

しかし新しいカウンセリングは、原因を追究するものではありません。
そのプロセスは、解決を前に構築するものです。

そして解決を前に構築するかぎり、マイナスに子供のこころを刺激することもありません。
そして、来室は子供の暴力を強めることもありません。

新しいカウンセリングのプロセスは解決を前に構築するものであるがゆえに、創造的なものです。
結論を言えば、心配無用です。

新しいカウンセリングは、親に会うことがスタートです。
ただしその後は、3パターンに分かれます。
それは子供のみのカウンセリング、子供と親が別々のカウンセリング、子供と親合同のカウンセリングです。

先ず子供のみのカウンセリングについて、述べます。
子供のみのカウンセリングは、親の希望である場合がほとんどです。

よって子供のみのカウンセリングの効果の妥当性を、判断する必要がカウンセラーにはあります。そしてその効果に妥当性がないと判断したら、ハンドルを切る必要があります。

次回に、さらに述べます。

  

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2011年02月07日

新しいカウンセリングの実際のプロセス 24

今日も「新しいカウンセリングの実際のプロセス」について、述べてみたいと思います。
新しいカウンセリングの実践方法です。

初回のカンセリングに誰が来室するべきか、から述べます。
不登校や引きこもりの人のカウンセリングでは、スタート自体が難しいのです。

不登校や引きこもりの人の力になりたい人であれば、誰でもいいのです。
ただしその人を、不登校や引きこもりの人自身が嫌がることもあります。

その場合、その人は不適切です。
初期の段階では、来室しない方がいいことが多いのです。

ただし、人のこころはとても複雑です。
本当に来てもらいたい人ほど、不登校や引きこもりの人自身が嫌がるジェスチャーをすることもあります。

そのときは、その嫌がるジェスチャーに乗っていくことも大切です。
ジェスチャーを暴いてやろうとする姿勢は、常に避けなければいけません。

新しいカウンセリングにおいては、たとえジェスチャーであっても、それに乗っていくことが大切です。
実際のプロセスは、常に不登校や引きこもりの人のペースに従います。

ただし未成年者の場合、親に合うことは必要最低限の事実です。
不登校や引きこもりの人が嫌がっても、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。

そうしないと、カウンセリングに対する誤解が生じます。
そしてそれはカウンセリングの実際のプロセスを、ゆがめてしまうのです。

このような理由で、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。
ただし親に合うことを不登校や引きこもりの人が嫌がっているときは、その親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことも多いのです。

親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことのないように、未成年者のカウンセリングでは注意することが必要です。そしてそれを含めた意味で、未成年者のカウンセリングでは親に合います。

また年齢が若いほど、親の影響を受けています。
よって本人だけではなく、親に対するアドバイスも大切なのです。

親の不登校や引きこもりの人に対する理解が、深まれば深まるほど現実はより前に進みます。
そのための、親に対するアドバイスとも言えす。

それに親は、子供に対する重大な決定もするからです。
そもそもカウンセリングそのものも、親の子供に対する重大な決定です。

カウンセリングに先ず親が来室して、納得のうえで子供とともに来室する場合もあります。
ただし子供が暴力的である場合、子供とともに来室することをちゅうちょする親もいます。

暴力的な子供は親や、教師を嫌っています。そしてカウンセラーも親や、教師と同じようなものと考えます。そのために親は、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

さらには親も、カウンセラーは原因を追究するがゆえに、子供のこころを刺激すると考えます。
その結果、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

しかし新しいカウンセリングは、原因を追究するものではありません。
そのプロセスは、解決を前に構築するものです。

そして解決を前に構築するかぎり、マイナスに子供のこころを刺激することもありません。
そして、来室は子供の暴力を強めることもありません。

新しいカウンセリングのプロセスは解決を前に構築するものであるがゆえに、創造的なものです。
結論を言えば、心配無用です。

新しいカウンセリングは、親に会うことがスタートです。
ただしその後は、3パターンに分かれます。
それは子供のみのカウンセリング、子供と親が別々のカウンセリング、子供と親合同のカウンセリングです。

先ず子供のみのカウンセリングについて、述べます。
子供のみのカウンセリングは、親の希望である場合がほとんどです。

よって子供のみのカウンセリングの効果の妥当性を、判断する必要がカウンセラーにはあります。そしてその効果に妥当性がないと判断したら、ハンドルを切る必要があります。

ハンドルを切る必要は、子供の態度から判断されます。
カウンセラーが子供とあって脅えていたり、泣き顔であったらハンドルを切る必要があります。

次回に、さらに述べます。

  

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2011年02月08日

新しいカウンセリングの実際のプロセス 25

今日も「新しいカウンセリングの実際のプロセス」について、述べてみたいと思います。
新しいカウンセリングの実践方法です。

初回のカンセリングに誰が来室するべきか、から述べます。
不登校や引きこもりの人のカウンセリングでは、スタート自体が難しいのです。

不登校や引きこもりの人の力になりたい人であれば、誰でもいいのです。
ただしその人を、不登校や引きこもりの人自身が嫌がることもあります。

その場合、その人は不適切です。
初期の段階では、来室しない方がいいことが多いのです。

ただし、人のこころはとても複雑です。
本当に来てもらいたい人ほど、不登校や引きこもりの人自身が嫌がるジェスチャーをすることもあります。

そのときは、その嫌がるジェスチャーに乗っていくことも大切です。
ジェスチャーを暴いてやろうとする姿勢は、常に避けなければいけません。

新しいカウンセリングにおいては、たとえジェスチャーであっても、それに乗っていくことが大切です。
実際のプロセスは、常に不登校や引きこもりの人のペースに従います。

ただし未成年者の場合、親に合うことは必要最低限の事実です。
不登校や引きこもりの人が嫌がっても、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。

そうしないと、カウンセリングに対する誤解が生じます。
そしてそれはカウンセリングの実際のプロセスを、ゆがめてしまうのです。

このような理由で、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。
ただし親に合うことを不登校や引きこもりの人が嫌がっているときは、その親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことも多いのです。

親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことのないように、未成年者のカウンセリングでは注意することが必要です。そしてそれを含めた意味で、未成年者のカウンセリングでは親に合います。

また年齢が若いほど、親の影響を受けています。
よって本人だけではなく、親に対するアドバイスも大切なのです。

親の不登校や引きこもりの人に対する理解が、深まれば深まるほど現実はより前に進みます。
そのための、親に対するアドバイスとも言えす。

それに親は、子供に対する重大な決定もするからです。
そもそもカウンセリングそのものも、親の子供に対する重大な決定です。

カウンセリングに先ず親が来室して、納得のうえで子供とともに来室する場合もあります。
ただし子供が暴力的である場合、子供とともに来室することをちゅうちょする親もいます。

暴力的な子供は親や、教師を嫌っています。そしてカウンセラーも親や、教師と同じようなものと考えます。そのために親は、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

さらには親も、カウンセラーは原因を追究するがゆえに、子供のこころを刺激すると考えます。
その結果、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

しかし新しいカウンセリングは、原因を追究するものではありません。
そのプロセスは、解決を前に構築するものです。

そして解決を前に構築するかぎり、マイナスに子供のこころを刺激することもありません。
そして、来室は子供の暴力を強めることもありません。

新しいカウンセリングのプロセスは解決を前に構築するものであるがゆえに、創造的なものです。
結論を言えば、心配無用です。

新しいカウンセリングは、親に会うことがスタートです。
ただしその後は、3パターンに分かれます。
それは子供のみのカウンセリング、子供と親が別々のカウンセリング、子供と親合同のカウンセリングです。

先ず子供のみのカウンセリングについて、述べます。
子供のみのカウンセリングは、親の希望である場合がほとんどです。

よって子供のみのカウンセリングの効果の妥当性を、判断する必要がカウンセラーにはあります。そしてその効果に妥当性がないと判断したら、ハンドルを切る必要があります。

ハンドルを切る必要は、子供の態度から判断されます。
カウンセラーが子供とあって脅えていたり、泣き顔であったらハンドルを切る必要があります。

その場合、先ず親と子供が一緒のカウンセリングを実施します。
その実際のプロセスが進み、子供のみでカウンセリングに参加可能と判断されたら、子供のみのカウンセリングにハンドルを切るのです。

次回に、さらに述べます。

  

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2011年02月09日

新しいカウンセリングの実際のプロセス 26

今日も「新しいカウンセリングの実際のプロセス」について、述べてみたいと思います。
新しいカウンセリングの実践方法です。

初回のカンセリングに誰が来室するべきか、から述べます。
不登校や引きこもりの人のカウンセリングでは、スタート自体が難しいのです。

不登校や引きこもりの人の力になりたい人であれば、誰でもいいのです。
ただしその人を、不登校や引きこもりの人自身が嫌がることもあります。

その場合、その人は不適切です。
初期の段階では、来室しない方がいいことが多いのです。

ただし、人のこころはとても複雑です。
本当に来てもらいたい人ほど、不登校や引きこもりの人自身が嫌がるジェスチャーをすることもあります。

そのときは、その嫌がるジェスチャーに乗っていくことも大切です。
ジェスチャーを暴いてやろうとする姿勢は、常に避けなければいけません。

新しいカウンセリングにおいては、たとえジェスチャーであっても、それに乗っていくことが大切です。
実際のプロセスは、常に不登校や引きこもりの人のペースに従います。

ただし未成年者の場合、親に合うことは必要最低限の事実です。
不登校や引きこもりの人が嫌がっても、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。

そうしないと、カウンセリングに対する誤解が生じます。
そしてそれはカウンセリングの実際のプロセスを、ゆがめてしまうのです。

このような理由で、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。
ただし親に合うことを不登校や引きこもりの人が嫌がっているときは、その親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことも多いのです。

親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことのないように、未成年者のカウンセリングでは注意することが必要です。そしてそれを含めた意味で、未成年者のカウンセリングでは親に合います。

また年齢が若いほど、親の影響を受けています。
よって本人だけではなく、親に対するアドバイスも大切なのです。

親の不登校や引きこもりの人に対する理解が、深まれば深まるほど現実はより前に進みます。
そのための、親に対するアドバイスとも言えす。

それに親は、子供に対する重大な決定もするからです。
そもそもカウンセリングそのものも、親の子供に対する重大な決定です。

カウンセリングに先ず親が来室して、納得のうえで子供とともに来室する場合もあります。
ただし子供が暴力的である場合、子供とともに来室することをちゅうちょする親もいます。

暴力的な子供は親や、教師を嫌っています。そしてカウンセラーも親や、教師と同じようなものと考えます。そのために親は、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

さらには親も、カウンセラーは原因を追究するがゆえに、子供のこころを刺激すると考えます。
その結果、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

しかし新しいカウンセリングは、原因を追究するものではありません。
そのプロセスは、解決を前に構築するものです。

そして解決を前に構築するかぎり、マイナスに子供のこころを刺激することもありません。
そして、来室は子供の暴力を強めることもありません。

新しいカウンセリングのプロセスは解決を前に構築するものであるがゆえに、創造的なものです。
結論を言えば、心配無用です。

新しいカウンセリングは、親に会うことがスタートです。
ただしその後は、3パターンに分かれます。
それは子供のみのカウンセリング、子供と親が別々のカウンセリング、子供と親合同のカウンセリングです。

先ず子供のみのカウンセリングについて、述べます。
子供のみのカウンセリングは、親の希望である場合がほとんどです。

よって子供のみのカウンセリングの効果の妥当性を、判断する必要がカウンセラーにはあります。そしてその効果に妥当性がないと判断したら、ハンドルを切る必要があります。

ハンドルを切る必要は、子供の態度から判断されます。
カウンセラーが子供とあって脅えていたり、泣き顔であったらハンドルを切る必要があります。

その場合、先ず親と子供が一緒のカウンセリングを実施します。
その実際のプロセスが進み、子供のみでカウンセリングに参加可能と判断されたら、子供のみのカウンセリングにハンドルを切るのです。そして、これは大きなハンドルです。小さなハンドルも必要です。

小さなハンドルは、大きなハンドルにいたるために必要です。
その小さなハンドルは子供の長所を親に尋ね、知ることです。

次回に、さらに述べます。

  

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2011年02月10日

新しいカウンセリングの実際のプロセス 27

今日も「新しいカウンセリングの実際のプロセス」について、述べてみたいと思います。
新しいカウンセリングの実践方法です。

初回のカンセリングに誰が来室するべきか、から述べます。
不登校や引きこもりの人のカウンセリングでは、スタート自体が難しいのです。

不登校や引きこもりの人の力になりたい人であれば、誰でもいいのです。
ただしその人を、不登校や引きこもりの人自身が嫌がることもあります。

その場合、その人は不適切です。
初期の段階では、来室しない方がいいことが多いのです。

ただし、人のこころはとても複雑です。
本当に来てもらいたい人ほど、不登校や引きこもりの人自身が嫌がるジェスチャーをすることもあります。

そのときは、その嫌がるジェスチャーに乗っていくことも大切です。
ジェスチャーを暴いてやろうとする姿勢は、常に避けなければいけません。

新しいカウンセリングにおいては、たとえジェスチャーであっても、それに乗っていくことが大切です。
実際のプロセスは、常に不登校や引きこもりの人のペースに従います。

ただし未成年者の場合、親に合うことは必要最低限の事実です。
不登校や引きこもりの人が嫌がっても、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。

そうしないと、カウンセリングに対する誤解が生じます。
そしてそれはカウンセリングの実際のプロセスを、ゆがめてしまうのです。

このような理由で、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。
ただし親に合うことを不登校や引きこもりの人が嫌がっているときは、その親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことも多いのです。

親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことのないように、未成年者のカウンセリングでは注意することが必要です。そしてそれを含めた意味で、未成年者のカウンセリングでは親に合います。

また年齢が若いほど、親の影響を受けています。
よって本人だけではなく、親に対するアドバイスも大切なのです。

親の不登校や引きこもりの人に対する理解が、深まれば深まるほど現実はより前に進みます。
そのための、親に対するアドバイスとも言えす。

それに親は、子供に対する重大な決定もするからです。
そもそもカウンセリングそのものも、親の子供に対する重大な決定です。

カウンセリングに先ず親が来室して、納得のうえで子供とともに来室する場合もあります。
ただし子供が暴力的である場合、子供とともに来室することをちゅうちょする親もいます。

暴力的な子供は親や、教師を嫌っています。そしてカウンセラーも親や、教師と同じようなものと考えます。そのために親は、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

さらには親も、カウンセラーは原因を追究するがゆえに、子供のこころを刺激すると考えます。
その結果、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

しかし新しいカウンセリングは、原因を追究するものではありません。
そのプロセスは、解決を前に構築するものです。

そして解決を前に構築するかぎり、マイナスに子供のこころを刺激することもありません。
そして、来室は子供の暴力を強めることもありません。

新しいカウンセリングのプロセスは解決を前に構築するものであるがゆえに、創造的なものです。
結論を言えば、心配無用です。

新しいカウンセリングは、親に会うことがスタートです。
ただしその後は、3パターンに分かれます。
それは子供のみのカウンセリング、子供と親が別々のカウンセリング、子供と親合同のカウンセリングです。

先ず子供のみのカウンセリングについて、述べます。
子供のみのカウンセリングは、親の希望である場合がほとんどです。

よって子供のみのカウンセリングの効果の妥当性を、判断する必要がカウンセラーにはあります。そしてその効果に妥当性がないと判断したら、ハンドルを切る必要があります。

ハンドルを切る必要は、子供の態度から判断されます。
カウンセラーが子供とあって脅えていたり、泣き顔であったらハンドルを切る必要があります。

その場合、先ず親と子供が一緒のカウンセリングを実施します。
その実際のプロセスが進み、子供のみでカウンセリングに参加可能と判断されたら、子供のみのカウンセリングにハンドルを切るのです。そして、これは大きなハンドルです。小さなハンドルも必要です。

小さなハンドルは、大きなハンドルにいたるために必要です。
その小さなハンドルは子供の長所を親に尋ね、知ることです。

親が子供の長所を語るとき、子供は目に見えて変わります。
リラックスします。いきいきします。

次回に、さらに述べます。

  

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2011年02月11日

新しいカウンセリングの実際のプロセス 28

今日も「新しいカウンセリングの実際のプロセス」について、述べてみたいと思います。
新しいカウンセリングの実践方法です。

初回のカンセリングに誰が来室するべきか、から述べます。
不登校や引きこもりの人のカウンセリングでは、スタート自体が難しいのです。

不登校や引きこもりの人の力になりたい人であれば、誰でもいいのです。
ただしその人を、不登校や引きこもりの人自身が嫌がることもあります。

その場合、その人は不適切です。
初期の段階では、来室しない方がいいことが多いのです。

ただし、人のこころはとても複雑です。
本当に来てもらいたい人ほど、不登校や引きこもりの人自身が嫌がるジェスチャーをすることもあります。

そのときは、その嫌がるジェスチャーに乗っていくことも大切です。
ジェスチャーを暴いてやろうとする姿勢は、常に避けなければいけません。

新しいカウンセリングにおいては、たとえジェスチャーであっても、それに乗っていくことが大切です。
実際のプロセスは、常に不登校や引きこもりの人のペースに従います。

ただし未成年者の場合、親に合うことは必要最低限の事実です。
不登校や引きこもりの人が嫌がっても、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。

そうしないと、カウンセリングに対する誤解が生じます。
そしてそれはカウンセリングの実際のプロセスを、ゆがめてしまうのです。

このような理由で、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。
ただし親に合うことを不登校や引きこもりの人が嫌がっているときは、その親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことも多いのです。

親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことのないように、未成年者のカウンセリングでは注意することが必要です。そしてそれを含めた意味で、未成年者のカウンセリングでは親に合います。

また年齢が若いほど、親の影響を受けています。
よって本人だけではなく、親に対するアドバイスも大切なのです。

親の不登校や引きこもりの人に対する理解が、深まれば深まるほど現実はより前に進みます。
そのための、親に対するアドバイスとも言えす。

それに親は、子供に対する重大な決定もするからです。
そもそもカウンセリングそのものも、親の子供に対する重大な決定です。

カウンセリングに先ず親が来室して、納得のうえで子供とともに来室する場合もあります。
ただし子供が暴力的である場合、子供とともに来室することをちゅうちょする親もいます。

暴力的な子供は親や、教師を嫌っています。そしてカウンセラーも親や、教師と同じようなものと考えます。そのために親は、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

さらには親も、カウンセラーは原因を追究するがゆえに、子供のこころを刺激すると考えます。
その結果、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

しかし新しいカウンセリングは、原因を追究するものではありません。
そのプロセスは、解決を前に構築するものです。

そして解決を前に構築するかぎり、マイナスに子供のこころを刺激することもありません。
そして、来室は子供の暴力を強めることもありません。

新しいカウンセリングのプロセスは解決を前に構築するものであるがゆえに、創造的なものです。
結論を言えば、心配無用です。

新しいカウンセリングは、親に会うことがスタートです。
ただしその後は、3パターンに分かれます。
それは子供のみのカウンセリング、子供と親が別々のカウンセリング、子供と親合同のカウンセリングです。

先ず子供のみのカウンセリングについて、述べます。
子供のみのカウンセリングは、親の希望である場合がほとんどです。

よって子供のみのカウンセリングの効果の妥当性を、判断する必要がカウンセラーにはあります。そしてその効果に妥当性がないと判断したら、ハンドルを切る必要があります。

ハンドルを切る必要は、子供の態度から判断されます。
カウンセラーが子供とあって脅えていたり、泣き顔であったらハンドルを切る必要があります。

その場合、先ず親と子供が一緒のカウンセリングを実施します。
その実際のプロセスが進み、子供のみでカウンセリングに参加可能と判断されたら、子供のみのカウンセリングにハンドルを切るのです。そして、これは大きなハンドルです。小さなハンドルも必要です。

小さなハンドルは、大きなハンドルにいたるために必要です。
その小さなハンドルは子供の長所を親に尋ね、知ることです。

親が子供の長所を語るとき、子供は目に見えて変わります。
リラックスします。いきいきします。

親が子供の長所を語るとき、子供は肯定されているのです。
その自己肯定により目に見えて変わりリラックスし、いきいきします。

次回に、さらに述べます。

  

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2011年02月12日

新しいカウンセリングの実際のプロセス 29

今日も「新しいカウンセリングの実際のプロセス」について、述べてみたいと思います。
新しいカウンセリングの実践方法です。

初回のカンセリングに誰が来室するべきか、から述べます。
不登校や引きこもりの人のカウンセリングでは、スタート自体が難しいのです。

不登校や引きこもりの人の力になりたい人であれば、誰でもいいのです。
ただしその人を、不登校や引きこもりの人自身が嫌がることもあります。

その場合、その人は不適切です。
初期の段階では、来室しない方がいいことが多いのです。

ただし、人のこころはとても複雑です。
本当に来てもらいたい人ほど、不登校や引きこもりの人自身が嫌がるジェスチャーをすることもあります。

そのときは、その嫌がるジェスチャーに乗っていくことも大切です。
ジェスチャーを暴いてやろうとする姿勢は、常に避けなければいけません。

新しいカウンセリングにおいては、たとえジェスチャーであっても、それに乗っていくことが大切です。
実際のプロセスは、常に不登校や引きこもりの人のペースに従います。

ただし未成年者の場合、親に合うことは必要最低限の事実です。
不登校や引きこもりの人が嫌がっても、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。

そうしないと、カウンセリングに対する誤解が生じます。
そしてそれはカウンセリングの実際のプロセスを、ゆがめてしまうのです。

このような理由で、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。
ただし親に合うことを不登校や引きこもりの人が嫌がっているときは、その親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことも多いのです。

親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことのないように、未成年者のカウンセリングでは注意することが必要です。そしてそれを含めた意味で、未成年者のカウンセリングでは親に合います。

また年齢が若いほど、親の影響を受けています。
よって本人だけではなく、親に対するアドバイスも大切なのです。

親の不登校や引きこもりの人に対する理解が、深まれば深まるほど現実はより前に進みます。
そのための、親に対するアドバイスとも言えす。

それに親は、子供に対する重大な決定もするからです。
そもそもカウンセリングそのものも、親の子供に対する重大な決定です。

カウンセリングに先ず親が来室して、納得のうえで子供とともに来室する場合もあります。
ただし子供が暴力的である場合、子供とともに来室することをちゅうちょする親もいます。

暴力的な子供は親や、教師を嫌っています。そしてカウンセラーも親や、教師と同じようなものと考えます。そのために親は、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

さらには親も、カウンセラーは原因を追究するがゆえに、子供のこころを刺激すると考えます。
その結果、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

しかし新しいカウンセリングは、原因を追究するものではありません。
そのプロセスは、解決を前に構築するものです。

そして解決を前に構築するかぎり、マイナスに子供のこころを刺激することもありません。
そして、来室は子供の暴力を強めることもありません。

新しいカウンセリングのプロセスは解決を前に構築するものであるがゆえに、創造的なものです。
結論を言えば、心配無用です。

新しいカウンセリングは、親に会うことがスタートです。
ただしその後は、3パターンに分かれます。
それは子供のみのカウンセリング、子供と親が別々のカウンセリング、子供と親合同のカウンセリングです。

先ず子供のみのカウンセリングについて、述べます。
子供のみのカウンセリングは、親の希望である場合がほとんどです。

よって子供のみのカウンセリングの効果の妥当性を、判断する必要がカウンセラーにはあります。そしてその効果に妥当性がないと判断したら、ハンドルを切る必要があります。

ハンドルを切る必要は、子供の態度から判断されます。
カウンセラーが子供とあって脅えていたり、泣き顔であったらハンドルを切る必要があります。

その場合、先ず親と子供が一緒のカウンセリングを実施します。
その実際のプロセスが進み、子供のみでカウンセリングに参加可能と判断されたら、子供のみのカウンセリングにハンドルを切るのです。そして、これは大きなハンドルです。小さなハンドルも必要です。

小さなハンドルは、大きなハンドルにいたるために必要です。
その小さなハンドルは子供の長所を親に尋ね、知ることです。

親が子供の長所を語るとき、子供は目に見えて変わります。
リラックスします。いきいきします。

親が子供の長所を語るとき、子供は肯定されているのです。
その自己肯定により目に見えて変わりリラックスし、いきいきします。

いきいきすれば、カウンセラーとフレンドリーな関係も築きやすいのです。
その時に半分はフレンドリーな関係は、築かれてもいます。

次回に、さらに述べます。

  

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2011年02月13日

新しいカウンセリングの実際のプロセス 30

今日も「新しいカウンセリングの実際のプロセス」について、述べてみたいと思います。
新しいカウンセリングの実践方法です。

初回のカンセリングに誰が来室するべきか、から述べます。
不登校や引きこもりの人のカウンセリングでは、スタート自体が難しいのです。

不登校や引きこもりの人の力になりたい人であれば、誰でもいいのです。
ただしその人を、不登校や引きこもりの人自身が嫌がることもあります。

その場合、その人は不適切です。
初期の段階では、来室しない方がいいことが多いのです。

ただし、人のこころはとても複雑です。
本当に来てもらいたい人ほど、不登校や引きこもりの人自身が嫌がるジェスチャーをすることもあります。

そのときは、その嫌がるジェスチャーに乗っていくことも大切です。
ジェスチャーを暴いてやろうとする姿勢は、常に避けなければいけません。

新しいカウンセリングにおいては、たとえジェスチャーであっても、それに乗っていくことが大切です。
実際のプロセスは、常に不登校や引きこもりの人のペースに従います。

ただし未成年者の場合、親に合うことは必要最低限の事実です。
不登校や引きこもりの人が嫌がっても、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。

そうしないと、カウンセリングに対する誤解が生じます。
そしてそれはカウンセリングの実際のプロセスを、ゆがめてしまうのです。

このような理由で、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。
ただし親に合うことを不登校や引きこもりの人が嫌がっているときは、その親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことも多いのです。

親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことのないように、未成年者のカウンセリングでは注意することが必要です。そしてそれを含めた意味で、未成年者のカウンセリングでは親に合います。

また年齢が若いほど、親の影響を受けています。
よって本人だけではなく、親に対するアドバイスも大切なのです。

親の不登校や引きこもりの人に対する理解が、深まれば深まるほど現実はより前に進みます。
そのための、親に対するアドバイスとも言えす。

それに親は、子供に対する重大な決定もするからです。
そもそもカウンセリングそのものも、親の子供に対する重大な決定です。

カウンセリングに先ず親が来室して、納得のうえで子供とともに来室する場合もあります。
ただし子供が暴力的である場合、子供とともに来室することをちゅうちょする親もいます。

暴力的な子供は親や、教師を嫌っています。そしてカウンセラーも親や、教師と同じようなものと考えます。そのために親は、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

さらには親も、カウンセラーは原因を追究するがゆえに、子供のこころを刺激すると考えます。
その結果、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

しかし新しいカウンセリングは、原因を追究するものではありません。
そのプロセスは、解決を前に構築するものです。

そして解決を前に構築するかぎり、マイナスに子供のこころを刺激することもありません。
そして、来室は子供の暴力を強めることもありません。

新しいカウンセリングのプロセスは解決を前に構築するものであるがゆえに、創造的なものです。
結論を言えば、心配無用です。

新しいカウンセリングは、親に会うことがスタートです。
ただしその後は、3パターンに分かれます。
それは子供のみのカウンセリング、子供と親が別々のカウンセリング、子供と親合同のカウンセリングです。

先ず子供のみのカウンセリングについて、述べます。
子供のみのカウンセリングは、親の希望である場合がほとんどです。

よって子供のみのカウンセリングの効果の妥当性を、判断する必要がカウンセラーにはあります。そしてその効果に妥当性がないと判断したら、ハンドルを切る必要があります。

ハンドルを切る必要は、子供の態度から判断されます。
カウンセラーが子供とあって脅えていたり、泣き顔であったらハンドルを切る必要があります。

その場合、先ず親と子供が一緒のカウンセリングを実施します。
その実際のプロセスが進み、子供のみでカウンセリングに参加可能と判断されたら、子供のみのカウンセリングにハンドルを切るのです。そして、これは大きなハンドルです。小さなハンドルも必要です。

小さなハンドルは、大きなハンドルにいたるために必要です。
その小さなハンドルは子供の長所を親に尋ね、知ることです。

親が子供の長所を語るとき、子供は目に見えて変わります。
リラックスします。いきいきします。

親が子供の長所を語るとき、子供は肯定されているのです。
その自己肯定により目に見えて変わりリラックスし、いきいきします。

いきいきすれば、カウンセラーとフレンドリーな関係も築きやすいのです。
その時に半分はフレンドリーな関係は、築かれてもいます。

カウンセラーとフレンドリーな関係が一定以上、築かれたら子供のみのカウンセリングに移行します。子供のみのカウンセリングも、行えます。

次回に、さらに述べます。

  

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2011年02月14日

新しいカウンセリングの実際のプロセス 31

今日も「新しいカウンセリングの実際のプロセス」について、述べてみたいと思います。
新しいカウンセリングの実践方法です。

初回のカンセリングに誰が来室するべきか、から述べます。
不登校や引きこもりの人のカウンセリングでは、スタート自体が難しいのです。

不登校や引きこもりの人の力になりたい人であれば、誰でもいいのです。
ただしその人を、不登校や引きこもりの人自身が嫌がることもあります。

その場合、その人は不適切です。
初期の段階では、来室しない方がいいことが多いのです。

ただし、人のこころはとても複雑です。
本当に来てもらいたい人ほど、不登校や引きこもりの人自身が嫌がるジェスチャーをすることもあります。

そのときは、その嫌がるジェスチャーに乗っていくことも大切です。
ジェスチャーを暴いてやろうとする姿勢は、常に避けなければいけません。

新しいカウンセリングにおいては、たとえジェスチャーであっても、それに乗っていくことが大切です。
実際のプロセスは、常に不登校や引きこもりの人のペースに従います。

ただし未成年者の場合、親に合うことは必要最低限の事実です。
不登校や引きこもりの人が嫌がっても、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。

そうしないと、カウンセリングに対する誤解が生じます。
そしてそれはカウンセリングの実際のプロセスを、ゆがめてしまうのです。

このような理由で、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。
ただし親に合うことを不登校や引きこもりの人が嫌がっているときは、その親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことも多いのです。

親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことのないように、未成年者のカウンセリングでは注意することが必要です。そしてそれを含めた意味で、未成年者のカウンセリングでは親に合います。

また年齢が若いほど、親の影響を受けています。
よって本人だけではなく、親に対するアドバイスも大切なのです。

親の不登校や引きこもりの人に対する理解が、深まれば深まるほど現実はより前に進みます。
そのための、親に対するアドバイスとも言えす。

それに親は、子供に対する重大な決定もするからです。
そもそもカウンセリングそのものも、親の子供に対する重大な決定です。

カウンセリングに先ず親が来室して、納得のうえで子供とともに来室する場合もあります。
ただし子供が暴力的である場合、子供とともに来室することをちゅうちょする親もいます。

暴力的な子供は親や、教師を嫌っています。そしてカウンセラーも親や、教師と同じようなものと考えます。そのために親は、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

さらには親も、カウンセラーは原因を追究するがゆえに、子供のこころを刺激すると考えます。
その結果、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

しかし新しいカウンセリングは、原因を追究するものではありません。
そのプロセスは、解決を前に構築するものです。

そして解決を前に構築するかぎり、マイナスに子供のこころを刺激することもありません。
そして、来室は子供の暴力を強めることもありません。

新しいカウンセリングのプロセスは解決を前に構築するものであるがゆえに、創造的なものです。
結論を言えば、心配無用です。

新しいカウンセリングは、親に会うことがスタートです。
ただしその後は、3パターンに分かれます。
それは子供のみのカウンセリング、子供と親が別々のカウンセリング、子供と親合同のカウンセリングです。

先ず子供のみのカウンセリングについて、述べます。
子供のみのカウンセリングは、親の希望である場合がほとんどです。

よって子供のみのカウンセリングの効果の妥当性を、判断する必要がカウンセラーにはあります。そしてその効果に妥当性がないと判断したら、ハンドルを切る必要があります。

ハンドルを切る必要は、子供の態度から判断されます。
カウンセラーが子供とあって脅えていたり、泣き顔であったらハンドルを切る必要があります。

その場合、先ず親と子供が一緒のカウンセリングを実施します。
その実際のプロセスが進み、子供のみでカウンセリングに参加可能と判断されたら、子供のみのカウンセリングにハンドルを切るのです。そして、これは大きなハンドルです。小さなハンドルも必要です。

小さなハンドルは、大きなハンドルにいたるために必要です。
その小さなハンドルは子供の長所を親に尋ね、知ることです。

親が子供の長所を語るとき、子供は目に見えて変わります。
リラックスします。いきいきします。

親が子供の長所を語るとき、子供は肯定されているのです。
その自己肯定により目に見えて変わりリラックスし、いきいきします。

いきいきすれば、カウンセラーとフレンドリーな関係も築きやすいのです。
その時に半分はフレンドリーな関係は、築かれてもいます。

カウンセラーとフレンドリーな関係が一定以上、築かれたら子供のみのカウンセリングに移行します。子供のみのカウンセリングも、行えます。

ただしこれは子供とスムーズにコミュニィケーションできない場合は、不可能です。
そのときは、違う方法を用います。

次回に、さらに述べます。

  

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2011年02月15日

新しいカウンセリングの実際のプロセス 32

今日も「新しいカウンセリングの実際のプロセス」について、述べてみたいと思います。
新しいカウンセリングの実践方法です。

初回のカンセリングに誰が来室するべきか、から述べます。
不登校や引きこもりの人のカウンセリングでは、スタート自体が難しいのです。

不登校や引きこもりの人の力になりたい人であれば、誰でもいいのです。
ただしその人を、不登校や引きこもりの人自身が嫌がることもあります。

その場合、その人は不適切です。
初期の段階では、来室しない方がいいことが多いのです。

ただし、人のこころはとても複雑です。
本当に来てもらいたい人ほど、不登校や引きこもりの人自身が嫌がるジェスチャーをすることもあります。

そのときは、その嫌がるジェスチャーに乗っていくことも大切です。
ジェスチャーを暴いてやろうとする姿勢は、常に避けなければいけません。

新しいカウンセリングにおいては、たとえジェスチャーであっても、それに乗っていくことが大切です。
実際のプロセスは、常に不登校や引きこもりの人のペースに従います。

ただし未成年者の場合、親に合うことは必要最低限の事実です。
不登校や引きこもりの人が嫌がっても、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。

そうしないと、カウンセリングに対する誤解が生じます。
そしてそれはカウンセリングの実際のプロセスを、ゆがめてしまうのです。

このような理由で、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。
ただし親に合うことを不登校や引きこもりの人が嫌がっているときは、その親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことも多いのです。

親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことのないように、未成年者のカウンセリングでは注意することが必要です。そしてそれを含めた意味で、未成年者のカウンセリングでは親に合います。

また年齢が若いほど、親の影響を受けています。
よって本人だけではなく、親に対するアドバイスも大切なのです。

親の不登校や引きこもりの人に対する理解が、深まれば深まるほど現実はより前に進みます。
そのための、親に対するアドバイスとも言えす。

それに親は、子供に対する重大な決定もするからです。
そもそもカウンセリングそのものも、親の子供に対する重大な決定です。

カウンセリングに先ず親が来室して、納得のうえで子供とともに来室する場合もあります。
ただし子供が暴力的である場合、子供とともに来室することをちゅうちょする親もいます。

暴力的な子供は親や、教師を嫌っています。そしてカウンセラーも親や、教師と同じようなものと考えます。そのために親は、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

さらには親も、カウンセラーは原因を追究するがゆえに、子供のこころを刺激すると考えます。
その結果、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

しかし新しいカウンセリングは、原因を追究するものではありません。
そのプロセスは、解決を前に構築するものです。

そして解決を前に構築するかぎり、マイナスに子供のこころを刺激することもありません。
そして、来室は子供の暴力を強めることもありません。

新しいカウンセリングのプロセスは解決を前に構築するものであるがゆえに、創造的なものです。
結論を言えば、心配無用です。

新しいカウンセリングは、親に会うことがスタートです。
ただしその後は、3パターンに分かれます。
それは子供のみのカウンセリング、子供と親が別々のカウンセリング、子供と親合同のカウンセリングです。

先ず子供のみのカウンセリングについて、述べます。
子供のみのカウンセリングは、親の希望である場合がほとんどです。

よって子供のみのカウンセリングの効果の妥当性を、判断する必要がカウンセラーにはあります。そしてその効果に妥当性がないと判断したら、ハンドルを切る必要があります。

ハンドルを切る必要は、子供の態度から判断されます。
カウンセラーが子供とあって脅えていたり、泣き顔であったらハンドルを切る必要があります。

その場合、先ず親と子供が一緒のカウンセリングを実施します。
その実際のプロセスが進み、子供のみでカウンセリングに参加可能と判断されたら、子供のみのカウンセリングにハンドルを切るのです。そして、これは大きなハンドルです。小さなハンドルも必要です。

小さなハンドルは、大きなハンドルにいたるために必要です。
その小さなハンドルは子供の長所を親に尋ね、知ることです。

親が子供の長所を語るとき、子供は目に見えて変わります。
リラックスします。いきいきします。

親が子供の長所を語るとき、子供は肯定されているのです。
その自己肯定により目に見えて変わりリラックスし、いきいきします。

いきいきすれば、カウンセラーとフレンドリーな関係も築きやすいのです。
その時に半分はフレンドリーな関係は、築かれてもいます。

カウンセラーとフレンドリーな関係が一定以上、築かれたら子供のみのカウンセリングに移行します。子供のみのカウンセリングも、行えます。

ただしこれは子供とスムーズにコミュニィケーションできない場合は、不可能です。
そのときは、違う方法を用います。

多くの場合、カウンセリングルームには遊び道具であるおもちゃや、人形があります。
そのおもちゃや、人形を通してコミュニィケーションをとるのです。

次回に、さらに述べます。

  

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2011年02月17日

新しいカウンセリングの実際のプロセス 33

今日も「新しいカウンセリングの実際のプロセス」について、述べてみたいと思います。
新しいカウンセリングの実践方法です。

初回のカンセリングに誰が来室するべきか、から述べます。
不登校や引きこもりの人のカウンセリングでは、スタート自体が難しいのです。

不登校や引きこもりの人の力になりたい人であれば、誰でもいいのです。
ただしその人を、不登校や引きこもりの人自身が嫌がることもあります。

その場合、その人は不適切です。
初期の段階では、来室しない方がいいことが多いのです。

ただし、人のこころはとても複雑です。
本当に来てもらいたい人ほど、不登校や引きこもりの人自身が嫌がるジェスチャーをすることもあります。

そのときは、その嫌がるジェスチャーに乗っていくことも大切です。
ジェスチャーを暴いてやろうとする姿勢は、常に避けなければいけません。

新しいカウンセリングにおいては、たとえジェスチャーであっても、それに乗っていくことが大切です。
実際のプロセスは、常に不登校や引きこもりの人のペースに従います。

ただし未成年者の場合、親に合うことは必要最低限の事実です。
不登校や引きこもりの人が嫌がっても、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。

そうしないと、カウンセリングに対する誤解が生じます。
そしてそれはカウンセリングの実際のプロセスを、ゆがめてしまうのです。

このような理由で、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。
ただし親に合うことを不登校や引きこもりの人が嫌がっているときは、その親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことも多いのです。

親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことのないように、未成年者のカウンセリングでは注意することが必要です。そしてそれを含めた意味で、未成年者のカウンセリングでは親に合います。

また年齢が若いほど、親の影響を受けています。
よって本人だけではなく、親に対するアドバイスも大切なのです。

親の不登校や引きこもりの人に対する理解が、深まれば深まるほど現実はより前に進みます。
そのための、親に対するアドバイスとも言えす。

それに親は、子供に対する重大な決定もするからです。
そもそもカウンセリングそのものも、親の子供に対する重大な決定です。

カウンセリングに先ず親が来室して、納得のうえで子供とともに来室する場合もあります。
ただし子供が暴力的である場合、子供とともに来室することをちゅうちょする親もいます。

暴力的な子供は親や、教師を嫌っています。そしてカウンセラーも親や、教師と同じようなものと考えます。そのために親は、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

さらには親も、カウンセラーは原因を追究するがゆえに、子供のこころを刺激すると考えます。
その結果、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

しかし新しいカウンセリングは、原因を追究するものではありません。
そのプロセスは、解決を前に構築するものです。

そして解決を前に構築するかぎり、マイナスに子供のこころを刺激することもありません。
そして、来室は子供の暴力を強めることもありません。

新しいカウンセリングのプロセスは解決を前に構築するものであるがゆえに、創造的なものです。
結論を言えば、心配無用です。

新しいカウンセリングは、親に会うことがスタートです。
ただしその後は、3パターンに分かれます。
それは子供のみのカウンセリング、子供と親が別々のカウンセリング、子供と親合同のカウンセリングです。

先ず子供のみのカウンセリングについて、述べます。
子供のみのカウンセリングは、親の希望である場合がほとんどです。

よって子供のみのカウンセリングの効果の妥当性を、判断する必要がカウンセラーにはあります。そしてその効果に妥当性がないと判断したら、ハンドルを切る必要があります。

ハンドルを切る必要は、子供の態度から判断されます。
カウンセラーが子供とあって脅えていたり、泣き顔であったらハンドルを切る必要があります。

その場合、先ず親と子供が一緒のカウンセリングを実施します。
その実際のプロセスが進み、子供のみでカウンセリングに参加可能と判断されたら、子供のみのカウンセリングにハンドルを切るのです。そして、これは大きなハンドルです。小さなハンドルも必要です。

小さなハンドルは、大きなハンドルにいたるために必要です。
その小さなハンドルは子供の長所を親に尋ね、知ることです。

親が子供の長所を語るとき、子供は目に見えて変わります。
リラックスします。いきいきします。

親が子供の長所を語るとき、子供は肯定されているのです。
その自己肯定により目に見えて変わりリラックスし、いきいきします。

いきいきすれば、カウンセラーとフレンドリーな関係も築きやすいのです。
その時に半分はフレンドリーな関係は、築かれてもいます。

カウンセラーとフレンドリーな関係が一定以上、築かれたら子供のみのカウンセリングに移行します。子供のみのカウンセリングも、行えます。

ただしこれは子供とスムーズにコミュニィケーションできない場合は、不可能です。
そのときは、違う方法を用います。

多くの場合、カウンセリングルームには遊び道具であるおもちゃや、人形があります。
そのおもちゃや、人形を通してコミュニィケーションをとるのです。

当然子供はおもちゃや、人形に興味を示します。
それを、通してコミュニィケーションをとるのです。

次回に、さらに述べます。

  

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2011年02月18日

新しいカウンセリングの実際のプロセス 34

今日も「新しいカウンセリングの実際のプロセス」について、述べてみたいと思います。
新しいカウンセリングの実践方法です。

初回のカンセリングに誰が来室するべきか、から述べます。
不登校や引きこもりの人のカウンセリングでは、スタート自体が難しいのです。

不登校や引きこもりの人の力になりたい人であれば、誰でもいいのです。
ただしその人を、不登校や引きこもりの人自身が嫌がることもあります。

その場合、その人は不適切です。
初期の段階では、来室しない方がいいことが多いのです。

ただし、人のこころはとても複雑です。
本当に来てもらいたい人ほど、不登校や引きこもりの人自身が嫌がるジェスチャーをすることもあります。

そのときは、その嫌がるジェスチャーに乗っていくことも大切です。
ジェスチャーを暴いてやろうとする姿勢は、常に避けなければいけません。

新しいカウンセリングにおいては、たとえジェスチャーであっても、それに乗っていくことが大切です。
実際のプロセスは、常に不登校や引きこもりの人のペースに従います。

ただし未成年者の場合、親に合うことは必要最低限の事実です。
不登校や引きこもりの人が嫌がっても、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。

そうしないと、カウンセリングに対する誤解が生じます。
そしてそれはカウンセリングの実際のプロセスを、ゆがめてしまうのです。

このような理由で、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。
ただし親に合うことを不登校や引きこもりの人が嫌がっているときは、その親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことも多いのです。

親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことのないように、未成年者のカウンセリングでは注意することが必要です。そしてそれを含めた意味で、未成年者のカウンセリングでは親に合います。

また年齢が若いほど、親の影響を受けています。
よって本人だけではなく、親に対するアドバイスも大切なのです。

親の不登校や引きこもりの人に対する理解が、深まれば深まるほど現実はより前に進みます。
そのための、親に対するアドバイスとも言えす。

それに親は、子供に対する重大な決定もするからです。
そもそもカウンセリングそのものも、親の子供に対する重大な決定です。

カウンセリングに先ず親が来室して、納得のうえで子供とともに来室する場合もあります。
ただし子供が暴力的である場合、子供とともに来室することをちゅうちょする親もいます。

暴力的な子供は親や、教師を嫌っています。そしてカウンセラーも親や、教師と同じようなものと考えます。そのために親は、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

さらには親も、カウンセラーは原因を追究するがゆえに、子供のこころを刺激すると考えます。
その結果、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

しかし新しいカウンセリングは、原因を追究するものではありません。
そのプロセスは、解決を前に構築するものです。

そして解決を前に構築するかぎり、マイナスに子供のこころを刺激することもありません。
そして、来室は子供の暴力を強めることもありません。

新しいカウンセリングのプロセスは解決を前に構築するものであるがゆえに、創造的なものです。
結論を言えば、心配無用です。

新しいカウンセリングは、親に会うことがスタートです。
ただしその後は、3パターンに分かれます。
それは子供のみのカウンセリング、子供と親が別々のカウンセリング、子供と親合同のカウンセリングです。

先ず子供のみのカウンセリングについて、述べます。
子供のみのカウンセリングは、親の希望である場合がほとんどです。

よって子供のみのカウンセリングの効果の妥当性を、判断する必要がカウンセラーにはあります。そしてその効果に妥当性がないと判断したら、ハンドルを切る必要があります。

ハンドルを切る必要は、子供の態度から判断されます。
カウンセラーが子供とあって脅えていたり、泣き顔であったらハンドルを切る必要があります。

その場合、先ず親と子供が一緒のカウンセリングを実施します。
その実際のプロセスが進み、子供のみでカウンセリングに参加可能と判断されたら、子供のみのカウンセリングにハンドルを切るのです。そして、これは大きなハンドルです。小さなハンドルも必要です。

小さなハンドルは、大きなハンドルにいたるために必要です。
その小さなハンドルは子供の長所を親に尋ね、知ることです。

親が子供の長所を語るとき、子供は目に見えて変わります。
リラックスします。いきいきします。

親が子供の長所を語るとき、子供は肯定されているのです。
その自己肯定により目に見えて変わりリラックスし、いきいきします。

いきいきすれば、カウンセラーとフレンドリーな関係も築きやすいのです。
その時に半分はフレンドリーな関係は、築かれてもいます。

カウンセラーとフレンドリーな関係が一定以上、築かれたら子供のみのカウンセリングに移行します。子供のみのカウンセリングも、行えます。

ただしこれは子供とスムーズにコミュニィケーションできない場合は、不可能です。
そのときは、違う方法を用います。

多くの場合、カウンセリングルームには遊び道具であるおもちゃや、人形があります。
そのおもちゃや、人形を通してコミュニィケーションをとるのです。

当然子供はおもちゃや、人形に興味を示します。
それを、通してコミュニィケーションをとるのです。

たとえばおもちゃの電車に、人形が乗るというショートストーリーを演じてもいいです。
(おもちゃの)電車が、駅に着きました。(人形の)人が、電車から降ります。

次回に、さらに述べます。

  

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2011年02月21日

新しいカウンセリングの実際のプロセス 35

今日も「新しいカウンセリングの実際のプロセス」について、述べてみたいと思います。
新しいカウンセリングの実践方法です。

初回のカンセリングに誰が来室するべきか、から述べます。
不登校や引きこもりの人のカウンセリングでは、スタート自体が難しいのです。

不登校や引きこもりの人の力になりたい人であれば、誰でもいいのです。
ただしその人を、不登校や引きこもりの人自身が嫌がることもあります。

その場合、その人は不適切です。
初期の段階では、来室しない方がいいことが多いのです。

ただし、人のこころはとても複雑です。
本当に来てもらいたい人ほど、不登校や引きこもりの人自身が嫌がるジェスチャーをすることもあります。

そのときは、その嫌がるジェスチャーに乗っていくことも大切です。
ジェスチャーを暴いてやろうとする姿勢は、常に避けなければいけません。

新しいカウンセリングにおいては、たとえジェスチャーであっても、それに乗っていくことが大切です。
実際のプロセスは、常に不登校や引きこもりの人のペースに従います。

ただし未成年者の場合、親に合うことは必要最低限の事実です。
不登校や引きこもりの人が嫌がっても、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。

そうしないと、カウンセリングに対する誤解が生じます。
そしてそれはカウンセリングの実際のプロセスを、ゆがめてしまうのです。

このような理由で、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。
ただし親に合うことを不登校や引きこもりの人が嫌がっているときは、その親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことも多いのです。

親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことのないように、未成年者のカウンセリングでは注意することが必要です。そしてそれを含めた意味で、未成年者のカウンセリングでは親に合います。

また年齢が若いほど、親の影響を受けています。
よって本人だけではなく、親に対するアドバイスも大切なのです。

親の不登校や引きこもりの人に対する理解が、深まれば深まるほど現実はより前に進みます。
そのための、親に対するアドバイスとも言えす。

それに親は、子供に対する重大な決定もするからです。
そもそもカウンセリングそのものも、親の子供に対する重大な決定です。

カウンセリングに先ず親が来室して、納得のうえで子供とともに来室する場合もあります。
ただし子供が暴力的である場合、子供とともに来室することをちゅうちょする親もいます。

暴力的な子供は親や、教師を嫌っています。そしてカウンセラーも親や、教師と同じようなものと考えます。そのために親は、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

さらには親も、カウンセラーは原因を追究するがゆえに、子供のこころを刺激すると考えます。
その結果、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

しかし新しいカウンセリングは、原因を追究するものではありません。
そのプロセスは、解決を前に構築するものです。

そして解決を前に構築するかぎり、マイナスに子供のこころを刺激することもありません。
そして、来室は子供の暴力を強めることもありません。

新しいカウンセリングのプロセスは解決を前に構築するものであるがゆえに、創造的なものです。
結論を言えば、心配無用です。

新しいカウンセリングは、親に会うことがスタートです。
ただしその後は、3パターンに分かれます。
それは子供のみのカウンセリング、子供と親が別々のカウンセリング、子供と親合同のカウンセリングです。

先ず子供のみのカウンセリングについて、述べます。
子供のみのカウンセリングは、親の希望である場合がほとんどです。

よって子供のみのカウンセリングの効果の妥当性を、判断する必要がカウンセラーにはあります。そしてその効果に妥当性がないと判断したら、ハンドルを切る必要があります。

ハンドルを切る必要は、子供の態度から判断されます。
カウンセラーが子供とあって脅えていたり、泣き顔であったらハンドルを切る必要があります。

その場合、先ず親と子供が一緒のカウンセリングを実施します。
その実際のプロセスが進み、子供のみでカウンセリングに参加可能と判断されたら、子供のみのカウンセリングにハンドルを切るのです。そして、これは大きなハンドルです。小さなハンドルも必要です。

小さなハンドルは、大きなハンドルにいたるために必要です。
その小さなハンドルは子供の長所を親に尋ね、知ることです。

親が子供の長所を語るとき、子供は目に見えて変わります。
リラックスします。いきいきします。

親が子供の長所を語るとき、子供は肯定されているのです。
その自己肯定により目に見えて変わりリラックスし、いきいきします。

いきいきすれば、カウンセラーとフレンドリーな関係も築きやすいのです。
その時に半分はフレンドリーな関係は、築かれてもいます。

カウンセラーとフレンドリーな関係が一定以上、築かれたら子供のみのカウンセリングに移行します。子供のみのカウンセリングも、行えます。

ただしこれは子供とスムーズにコミュニィケーションできない場合は、不可能です。
そのときは、違う方法を用います。

多くの場合、カウンセリングルームには遊び道具であるおもちゃや、人形があります。
そのおもちゃや、人形を通してコミュニィケーションをとるのです。

当然子供はおもちゃや、人形に興味を示します。
それを、通してコミュニィケーションをとるのです。

たとえばおもちゃの電車に、人形が乗るというショートストーリーを演じてもいいです。
(おもちゃの)電車が、駅に着きました。(人形の)人が、電車から降ります。

このような、ショートストーリーを演じます。
やがてそれに、子供も参加するようになります。

次回に、さらに述べます。

  

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2011年02月22日

新しいカウンセリングの実際のプロセス 36

今日も「新しいカウンセリングの実際のプロセス」について、述べてみたいと思います。
新しいカウンセリングの実践方法です。

初回のカンセリングに誰が来室するべきか、から述べます。
不登校や引きこもりの人のカウンセリングでは、スタート自体が難しいのです。

不登校や引きこもりの人の力になりたい人であれば、誰でもいいのです。
ただしその人を、不登校や引きこもりの人自身が嫌がることもあります。

その場合、その人は不適切です。
初期の段階では、来室しない方がいいことが多いのです。

ただし、人のこころはとても複雑です。
本当に来てもらいたい人ほど、不登校や引きこもりの人自身が嫌がるジェスチャーをすることもあります。

そのときは、その嫌がるジェスチャーに乗っていくことも大切です。
ジェスチャーを暴いてやろうとする姿勢は、常に避けなければいけません。

新しいカウンセリングにおいては、たとえジェスチャーであっても、それに乗っていくことが大切です。
実際のプロセスは、常に不登校や引きこもりの人のペースに従います。

ただし未成年者の場合、親に合うことは必要最低限の事実です。
不登校や引きこもりの人が嫌がっても、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。

そうしないと、カウンセリングに対する誤解が生じます。
そしてそれはカウンセリングの実際のプロセスを、ゆがめてしまうのです。

このような理由で、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。
ただし親に合うことを不登校や引きこもりの人が嫌がっているときは、その親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことも多いのです。

親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことのないように、未成年者のカウンセリングでは注意することが必要です。そしてそれを含めた意味で、未成年者のカウンセリングでは親に合います。

また年齢が若いほど、親の影響を受けています。
よって本人だけではなく、親に対するアドバイスも大切なのです。

親の不登校や引きこもりの人に対する理解が、深まれば深まるほど現実はより前に進みます。
そのための、親に対するアドバイスとも言えす。

それに親は、子供に対する重大な決定もするからです。
そもそもカウンセリングそのものも、親の子供に対する重大な決定です。

カウンセリングに先ず親が来室して、納得のうえで子供とともに来室する場合もあります。
ただし子供が暴力的である場合、子供とともに来室することをちゅうちょする親もいます。

暴力的な子供は親や、教師を嫌っています。そしてカウンセラーも親や、教師と同じようなものと考えます。そのために親は、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

さらには親も、カウンセラーは原因を追究するがゆえに、子供のこころを刺激すると考えます。
その結果、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

しかし新しいカウンセリングは、原因を追究するものではありません。
そのプロセスは、解決を前に構築するものです。

そして解決を前に構築するかぎり、マイナスに子供のこころを刺激することもありません。
そして、来室は子供の暴力を強めることもありません。

新しいカウンセリングのプロセスは解決を前に構築するものであるがゆえに、創造的なものです。
結論を言えば、心配無用です。

新しいカウンセリングは、親に会うことがスタートです。
ただしその後は、3パターンに分かれます。
それは子供のみのカウンセリング、子供と親が別々のカウンセリング、子供と親合同のカウンセリングです。

先ず子供のみのカウンセリングについて、述べます。
子供のみのカウンセリングは、親の希望である場合がほとんどです。

よって子供のみのカウンセリングの効果の妥当性を、判断する必要がカウンセラーにはあります。そしてその効果に妥当性がないと判断したら、ハンドルを切る必要があります。

ハンドルを切る必要は、子供の態度から判断されます。
カウンセラーが子供とあって脅えていたり、泣き顔であったらハンドルを切る必要があります。

その場合、先ず親と子供が一緒のカウンセリングを実施します。
その実際のプロセスが進み、子供のみでカウンセリングに参加可能と判断されたら、子供のみのカウンセリングにハンドルを切るのです。そして、これは大きなハンドルです。小さなハンドルも必要です。

小さなハンドルは、大きなハンドルにいたるために必要です。
その小さなハンドルは子供の長所を親に尋ね、知ることです。

親が子供の長所を語るとき、子供は目に見えて変わります。
リラックスします。いきいきします。

親が子供の長所を語るとき、子供は肯定されているのです。
その自己肯定により目に見えて変わりリラックスし、いきいきします。

いきいきすれば、カウンセラーとフレンドリーな関係も築きやすいのです。
その時に半分はフレンドリーな関係は、築かれてもいます。

カウンセラーとフレンドリーな関係が一定以上、築かれたら子供のみのカウンセリングに移行します。子供のみのカウンセリングも、行えます。

ただしこれは子供とスムーズにコミュニィケーションできない場合は、不可能です。
そのときは、違う方法を用います。

多くの場合、カウンセリングルームには遊び道具であるおもちゃや、人形があります。
そのおもちゃや、人形を通してコミュニィケーションをとるのです。

当然子供はおもちゃや、人形に興味を示します。
それを、通してコミュニィケーションをとるのです。

たとえばおもちゃの電車に、人形が乗るというショートストーリーを演じてもいいです。
(おもちゃの)電車が、駅に着きました。(人形の)人が、電車から降ります。

このような、ショートストーリーを演じます。
やがてそれに、子供も参加するようになります。

このように子供を、無理なく参加するようにすることが大切です。
けっして、強制してはいけません。

次回に、さらに述べます。

  

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2011年02月24日

新しいカウンセリングの実際のプロセス 37

今日も「新しいカウンセリングの実際のプロセス」について、述べてみたいと思います。
新しいカウンセリングの実践方法です。

初回のカンセリングに誰が来室するべきか、から述べます。
不登校や引きこもりの人のカウンセリングでは、スタート自体が難しいのです。

不登校や引きこもりの人の力になりたい人であれば、誰でもいいのです。
ただしその人を、不登校や引きこもりの人自身が嫌がることもあります。

その場合、その人は不適切です。
初期の段階では、来室しない方がいいことが多いのです。

ただし、人のこころはとても複雑です。
本当に来てもらいたい人ほど、不登校や引きこもりの人自身が嫌がるジェスチャーをすることもあります。

そのときは、その嫌がるジェスチャーに乗っていくことも大切です。
ジェスチャーを暴いてやろうとする姿勢は、常に避けなければいけません。

新しいカウンセリングにおいては、たとえジェスチャーであっても、それに乗っていくことが大切です。
実際のプロセスは、常に不登校や引きこもりの人のペースに従います。

ただし未成年者の場合、親に合うことは必要最低限の事実です。
不登校や引きこもりの人が嫌がっても、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。

そうしないと、カウンセリングに対する誤解が生じます。
そしてそれはカウンセリングの実際のプロセスを、ゆがめてしまうのです。

このような理由で、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。
ただし親に合うことを不登校や引きこもりの人が嫌がっているときは、その親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことも多いのです。

親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことのないように、未成年者のカウンセリングでは注意することが必要です。そしてそれを含めた意味で、未成年者のカウンセリングでは親に合います。

また年齢が若いほど、親の影響を受けています。
よって本人だけではなく、親に対するアドバイスも大切なのです。

親の不登校や引きこもりの人に対する理解が、深まれば深まるほど現実はより前に進みます。
そのための、親に対するアドバイスとも言えす。

それに親は、子供に対する重大な決定もするからです。
そもそもカウンセリングそのものも、親の子供に対する重大な決定です。

カウンセリングに先ず親が来室して、納得のうえで子供とともに来室する場合もあります。
ただし子供が暴力的である場合、子供とともに来室することをちゅうちょする親もいます。

暴力的な子供は親や、教師を嫌っています。そしてカウンセラーも親や、教師と同じようなものと考えます。そのために親は、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

さらには親も、カウンセラーは原因を追究するがゆえに、子供のこころを刺激すると考えます。
その結果、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

しかし新しいカウンセリングは、原因を追究するものではありません。
そのプロセスは、解決を前に構築するものです。

そして解決を前に構築するかぎり、マイナスに子供のこころを刺激することもありません。
そして、来室は子供の暴力を強めることもありません。

新しいカウンセリングのプロセスは解決を前に構築するものであるがゆえに、創造的なものです。
結論を言えば、心配無用です。

新しいカウンセリングは、親に会うことがスタートです。
ただしその後は、3パターンに分かれます。
それは子供のみのカウンセリング、子供と親が別々のカウンセリング、子供と親合同のカウンセリングです。

先ず子供のみのカウンセリングについて、述べます。
子供のみのカウンセリングは、親の希望である場合がほとんどです。

よって子供のみのカウンセリングの効果の妥当性を、判断する必要がカウンセラーにはあります。そしてその効果に妥当性がないと判断したら、ハンドルを切る必要があります。

ハンドルを切る必要は、子供の態度から判断されます。
カウンセラーが子供とあって脅えていたり、泣き顔であったらハンドルを切る必要があります。

その場合、先ず親と子供が一緒のカウンセリングを実施します。
その実際のプロセスが進み、子供のみでカウンセリングに参加可能と判断されたら、子供のみのカウンセリングにハンドルを切るのです。そして、これは大きなハンドルです。小さなハンドルも必要です。

小さなハンドルは、大きなハンドルにいたるために必要です。
その小さなハンドルは子供の長所を親に尋ね、知ることです。

親が子供の長所を語るとき、子供は目に見えて変わります。
リラックスします。いきいきします。

親が子供の長所を語るとき、子供は肯定されているのです。
その自己肯定により目に見えて変わりリラックスし、いきいきします。

いきいきすれば、カウンセラーとフレンドリーな関係も築きやすいのです。
その時に半分はフレンドリーな関係は、築かれてもいます。

カウンセラーとフレンドリーな関係が一定以上、築かれたら子供のみのカウンセリングに移行します。子供のみのカウンセリングも、行えます。

ただしこれは子供とスムーズにコミュニィケーションできない場合は、不可能です。
そのときは、違う方法を用います。

多くの場合、カウンセリングルームには遊び道具であるおもちゃや、人形があります。
そのおもちゃや、人形を通してコミュニィケーションをとるのです。

当然子供はおもちゃや、人形に興味を示します。
それを、通してコミュニィケーションをとるのです。

たとえばおもちゃの電車に、人形が乗るというショートストーリーを演じてもいいです。
(おもちゃの)電車が、駅に着きました。(人形の)人が、電車から降ります。

このような、ショートストーリーを演じます。
やがてそれに、子供も参加するようになります。

このように子供を、無理なく参加するようにすることが大切です。
けっして、強制してはいけません。

カウンセリングでは、強制は最大の敵です。
これは大原則です。

次回に、さらに述べます。

  

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2011年02月25日

新しいカウンセリングの実際のプロセス 38

今日も「新しいカウンセリングの実際のプロセス」について、述べてみたいと思います。
新しいカウンセリングの実践方法です。

初回のカンセリングに誰が来室するべきか、から述べます。
不登校や引きこもりの人のカウンセリングでは、スタート自体が難しいのです。

不登校や引きこもりの人の力になりたい人であれば、誰でもいいのです。
ただしその人を、不登校や引きこもりの人自身が嫌がることもあります。

その場合、その人は不適切です。
初期の段階では、来室しない方がいいことが多いのです。

ただし、人のこころはとても複雑です。
本当に来てもらいたい人ほど、不登校や引きこもりの人自身が嫌がるジェスチャーをすることもあります。

そのときは、その嫌がるジェスチャーに乗っていくことも大切です。
ジェスチャーを暴いてやろうとする姿勢は、常に避けなければいけません。

新しいカウンセリングにおいては、たとえジェスチャーであっても、それに乗っていくことが大切です。
実際のプロセスは、常に不登校や引きこもりの人のペースに従います。

ただし未成年者の場合、親に合うことは必要最低限の事実です。
不登校や引きこもりの人が嫌がっても、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。

そうしないと、カウンセリングに対する誤解が生じます。
そしてそれはカウンセリングの実際のプロセスを、ゆがめてしまうのです。

このような理由で、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。
ただし親に合うことを不登校や引きこもりの人が嫌がっているときは、その親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことも多いのです。

親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことのないように、未成年者のカウンセリングでは注意することが必要です。そしてそれを含めた意味で、未成年者のカウンセリングでは親に合います。

また年齢が若いほど、親の影響を受けています。
よって本人だけではなく、親に対するアドバイスも大切なのです。

親の不登校や引きこもりの人に対する理解が、深まれば深まるほど現実はより前に進みます。
そのための、親に対するアドバイスとも言えす。

それに親は、子供に対する重大な決定もするからです。
そもそもカウンセリングそのものも、親の子供に対する重大な決定です。

カウンセリングに先ず親が来室して、納得のうえで子供とともに来室する場合もあります。
ただし子供が暴力的である場合、子供とともに来室することをちゅうちょする親もいます。

暴力的な子供は親や、教師を嫌っています。そしてカウンセラーも親や、教師と同じようなものと考えます。そのために親は、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

さらには親も、カウンセラーは原因を追究するがゆえに、子供のこころを刺激すると考えます。
その結果、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

しかし新しいカウンセリングは、原因を追究するものではありません。
そのプロセスは、解決を前に構築するものです。

そして解決を前に構築するかぎり、マイナスに子供のこころを刺激することもありません。
そして、来室は子供の暴力を強めることもありません。

新しいカウンセリングのプロセスは解決を前に構築するものであるがゆえに、創造的なものです。
結論を言えば、心配無用です。

新しいカウンセリングは、親に会うことがスタートです。
ただしその後は、3パターンに分かれます。
それは子供のみのカウンセリング、子供と親が別々のカウンセリング、子供と親合同のカウンセリングです。

先ず子供のみのカウンセリングについて、述べます。
子供のみのカウンセリングは、親の希望である場合がほとんどです。

よって子供のみのカウンセリングの効果の妥当性を、判断する必要がカウンセラーにはあります。そしてその効果に妥当性がないと判断したら、ハンドルを切る必要があります。

ハンドルを切る必要は、子供の態度から判断されます。
カウンセラーが子供とあって脅えていたり、泣き顔であったらハンドルを切る必要があります。

その場合、先ず親と子供が一緒のカウンセリングを実施します。
その実際のプロセスが進み、子供のみでカウンセリングに参加可能と判断されたら、子供のみのカウンセリングにハンドルを切るのです。そして、これは大きなハンドルです。小さなハンドルも必要です。

小さなハンドルは、大きなハンドルにいたるために必要です。
その小さなハンドルは子供の長所を親に尋ね、知ることです。

親が子供の長所を語るとき、子供は目に見えて変わります。
リラックスします。いきいきします。

親が子供の長所を語るとき、子供は肯定されているのです。
その自己肯定により目に見えて変わりリラックスし、いきいきします。

いきいきすれば、カウンセラーとフレンドリーな関係も築きやすいのです。
その時に半分はフレンドリーな関係は、築かれてもいます。

カウンセラーとフレンドリーな関係が一定以上、築かれたら子供のみのカウンセリングに移行します。子供のみのカウンセリングも、行えます。

ただしこれは子供とスムーズにコミュニィケーションできない場合は、不可能です。
そのときは、違う方法を用います。

多くの場合、カウンセリングルームには遊び道具であるおもちゃや、人形があります。
そのおもちゃや、人形を通してコミュニィケーションをとるのです。

当然子供はおもちゃや、人形に興味を示します。
それを、通してコミュニィケーションをとるのです。

たとえばおもちゃの電車に、人形が乗るというショートストーリーを演じてもいいです。
(おもちゃの)電車が、駅に着きました。(人形の)人が、電車から降ります。

このような、ショートストーリーを演じます。
やがてそれに、子供も参加するようになります。

このように子供を、無理なく参加するようにすることが大切です。
けっして、強制してはいけません。

カウンセリングでは、強制は最大の敵です。
これは大原則です。

強制された瞬間に、こころのつながりは切れてしまう方向に向かいます。
よって最大の敵なのです。

次回に、さらに述べます。

  

Posted by counsellor at 14:26Comments(0)カウンセリング

2011年02月27日

新しいカウンセリングの実際のプロセス 39

今日も「新しいカウンセリングの実際のプロセス」について、述べてみたいと思います。
新しいカウンセリングの実践方法です。

初回のカンセリングに誰が来室するべきか、から述べます。
不登校や引きこもりの人のカウンセリングでは、スタート自体が難しいのです。

不登校や引きこもりの人の力になりたい人であれば、誰でもいいのです。
ただしその人を、不登校や引きこもりの人自身が嫌がることもあります。

その場合、その人は不適切です。
初期の段階では、来室しない方がいいことが多いのです。

ただし、人のこころはとても複雑です。
本当に来てもらいたい人ほど、不登校や引きこもりの人自身が嫌がるジェスチャーをすることもあります。

そのときは、その嫌がるジェスチャーに乗っていくことも大切です。
ジェスチャーを暴いてやろうとする姿勢は、常に避けなければいけません。

新しいカウンセリングにおいては、たとえジェスチャーであっても、それに乗っていくことが大切です。
実際のプロセスは、常に不登校や引きこもりの人のペースに従います。

ただし未成年者の場合、親に合うことは必要最低限の事実です。
不登校や引きこもりの人が嫌がっても、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。

そうしないと、カウンセリングに対する誤解が生じます。
そしてそれはカウンセリングの実際のプロセスを、ゆがめてしまうのです。

このような理由で、未成年者のカウンセリングでは親に合うことは必要です。
ただし親に合うことを不登校や引きこもりの人が嫌がっているときは、その親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことも多いのです。

親がカウンセリングの実際のプロセスをゆがめてしまうことのないように、未成年者のカウンセリングでは注意することが必要です。そしてそれを含めた意味で、未成年者のカウンセリングでは親に合います。

また年齢が若いほど、親の影響を受けています。
よって本人だけではなく、親に対するアドバイスも大切なのです。

親の不登校や引きこもりの人に対する理解が、深まれば深まるほど現実はより前に進みます。
そのための、親に対するアドバイスとも言えす。

それに親は、子供に対する重大な決定もするからです。
そもそもカウンセリングそのものも、親の子供に対する重大な決定です。

カウンセリングに先ず親が来室して、納得のうえで子供とともに来室する場合もあります。
ただし子供が暴力的である場合、子供とともに来室することをちゅうちょする親もいます。

暴力的な子供は親や、教師を嫌っています。そしてカウンセラーも親や、教師と同じようなものと考えます。そのために親は、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

さらには親も、カウンセラーは原因を追究するがゆえに、子供のこころを刺激すると考えます。
その結果、来室は子供の暴力を強めると考えがちなのです。

しかし新しいカウンセリングは、原因を追究するものではありません。
そのプロセスは、解決を前に構築するものです。

そして解決を前に構築するかぎり、マイナスに子供のこころを刺激することもありません。
そして、来室は子供の暴力を強めることもありません。

新しいカウンセリングのプロセスは解決を前に構築するものであるがゆえに、創造的なものです。
結論を言えば、心配無用です。

新しいカウンセリングは、親に会うことがスタートです。
ただしその後は、3パターンに分かれます。
それは子供のみのカウンセリング、子供と親が別々のカウンセリング、子供と親合同のカウンセリングです。

先ず子供のみのカウンセリングについて、述べます。
子供のみのカウンセリングは、親の希望である場合がほとんどです。

よって子供のみのカウンセリングの効果の妥当性を、判断する必要がカウンセラーにはあります。そしてその効果に妥当性がないと判断したら、ハンドルを切る必要があります。

ハンドルを切る必要は、子供の態度から判断されます。
カウンセラーが子供とあって脅えていたり、泣き顔であったらハンドルを切る必要があります。

その場合、先ず親と子供が一緒のカウンセリングを実施します。
その実際のプロセスが進み、子供のみでカウンセリングに参加可能と判断されたら、子供のみのカウンセリングにハンドルを切るのです。そして、これは大きなハンドルです。小さなハンドルも必要です。

小さなハンドルは、大きなハンドルにいたるために必要です。
その小さなハンドルは子供の長所を親に尋ね、知ることです。

親が子供の長所を語るとき、子供は目に見えて変わります。
リラックスします。いきいきします。

親が子供の長所を語るとき、子供は肯定されているのです。
その自己肯定により目に見えて変わりリラックスし、いきいきします。

いきいきすれば、カウンセラーとフレンドリーな関係も築きやすいのです。
その時に半分はフレンドリーな関係は、築かれてもいます。

カウンセラーとフレンドリーな関係が一定以上、築かれたら子供のみのカウンセリングに移行します。子供のみのカウンセリングも、行えます。

ただしこれは子供とスムーズにコミュニィケーションできない場合は、不可能です。
そのときは、違う方法を用います。

多くの場合、カウンセリングルームには遊び道具であるおもちゃや、人形があります。
そのおもちゃや、人形を通してコミュニィケーションをとるのです。

当然子供はおもちゃや、人形に興味を示します。
それを、通してコミュニィケーションをとるのです。

たとえばおもちゃの電車に、人形が乗るというショートストーリーを演じてもいいです。
(おもちゃの)電車が、駅に着きました。(人形の)人が、電車から降ります。

このような、ショートストーリーを演じます。
やがてそれに、子供も参加するようになります。

このように子供を、無理なく参加するようにすることが大切です。
けっして、強制してはいけません。

カウンセリングでは、強制は最大の敵です。
これは大原則です。

強制された瞬間に、こころのつながりは切れてしまう方向に向かいます。
よって最大の敵なのです。

子供を無理なく参加するようにするには、その子供なりの時間が必要なのです。
子供なりの時間を、待つことが必要なのです。

次回に、さらに述べます。

  

Posted by counsellor at 11:31Comments(0)カウンセリング