2017年07月01日
新しいカウンセリング こころの傷を持った子供 74
お知らせ 熊本地震及び東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
さらに述べます。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
さらに述べます。
2017年07月03日
新しいカウンセリング こころの傷を持った子供 75
お知らせ 熊本地震及び東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
さらに述べます。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
さらに述べます。
2017年07月04日
新しいカウンセリング こころの傷を持った子供 76
お知らせ 熊本地震及び東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
さらに述べます。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
さらに述べます。
2017年07月05日
新しいカウンセリング こころの傷を持った子供 77
お知らせ 熊本地震及び東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
さらに述べます。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
さらに述べます。
2017年07月06日
新しいカウンセリング こころの傷を持った子供 78
お知らせ 熊本地震及び東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
さらに述べます。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
さらに述べます。
2017年07月07日
新しいカウンセリング こころの傷を持った子供 79
お知らせ 熊本地震及び東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
さらに述べます。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
さらに述べます。
2017年07月08日
新しいカウンセリング こころの傷を持った子供 80
お知らせ 熊本地震及び東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
さらに述べます。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
さらに述べます。
2017年07月10日
新しいカウンセリング こころの傷を持った子供 81
お知らせ 熊本地震及び東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
それはカウンセラーのミスもあります。
相談に来る人は、カウンセラーの発言に希望を持っています。
さらに述べます。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
それはカウンセラーのミスもあります。
相談に来る人は、カウンセラーの発言に希望を持っています。
さらに述べます。
2017年07月11日
新しいカウンセリング こころの傷を持った子供 82
お知らせ 熊本地震及び東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
それはカウンセラーのミスもあります。
相談に来る人は、カウンセラーの発言に希望を持っています。
ところが100パーセント、沿うことは不可能です。
ずれは必ずあります。
さらに述べます。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
それはカウンセラーのミスもあります。
相談に来る人は、カウンセラーの発言に希望を持っています。
ところが100パーセント、沿うことは不可能です。
ずれは必ずあります。
さらに述べます。
2017年07月12日
新しいカウンセリング こころの傷を持った子供 83
お知らせ 熊本地震及び東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
それはカウンセラーのミスもあります。
相談に来る人は、カウンセラーの発言に希望を持っています。
ところが100パーセント、沿うことは不可能です。
ずれは必ずあります。
その時に、カウンセリングはストップしがちです。
場合によっては、破壊的方向に進みます。
さらに述べます。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
それはカウンセラーのミスもあります。
相談に来る人は、カウンセラーの発言に希望を持っています。
ところが100パーセント、沿うことは不可能です。
ずれは必ずあります。
その時に、カウンセリングはストップしがちです。
場合によっては、破壊的方向に進みます。
さらに述べます。
2017年07月13日
新しいカウンセリング こころの傷を持った子供 84
お知らせ 熊本地震及び東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
それはカウンセラーのミスもあります。
相談に来る人は、カウンセラーの発言に希望を持っています。
ところが100パーセント、沿うことは不可能です。
ずれは必ずあります。
その時に、カウンセリングはストップしがちです。
場合によっては、破壊的方向に進みます。
よってミスに気をつけましょう。
何事も、ミスに注意です。
さらに述べます。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
それはカウンセラーのミスもあります。
相談に来る人は、カウンセラーの発言に希望を持っています。
ところが100パーセント、沿うことは不可能です。
ずれは必ずあります。
その時に、カウンセリングはストップしがちです。
場合によっては、破壊的方向に進みます。
よってミスに気をつけましょう。
何事も、ミスに注意です。
さらに述べます。
2017年07月14日
新しいカウンセリング こころの傷を持った子供 85
お知らせ 熊本地震及び東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
それはカウンセラーのミスもあります。
相談に来る人は、カウンセラーの発言に希望を持っています。
ところが100パーセント、沿うことは不可能です。
ずれは必ずあります。
その時に、カウンセリングはストップしがちです。
場合によっては、破壊的方向に進みます。
よってミスに気をつけましょう。
何事も、ミスに注意です。
それでも、ミスは起きます。
その時は、ミスを認めるべきです。
さらに述べます。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
それはカウンセラーのミスもあります。
相談に来る人は、カウンセラーの発言に希望を持っています。
ところが100パーセント、沿うことは不可能です。
ずれは必ずあります。
その時に、カウンセリングはストップしがちです。
場合によっては、破壊的方向に進みます。
よってミスに気をつけましょう。
何事も、ミスに注意です。
それでも、ミスは起きます。
その時は、ミスを認めるべきです。
さらに述べます。
2017年07月15日
新しいカウンセリング こころの傷を持った子供 86
お知らせ 熊本地震及び東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
それはカウンセラーのミスもあります。
相談に来る人は、カウンセラーの発言に希望を持っています。
ところが100パーセント、沿うことは不可能です。
ずれは必ずあります。
その時に、カウンセリングはストップしがちです。
場合によっては、破壊的方向に進みます。
よってミスに気をつけましょう。
何事も、ミスに注意です。
それでも、ミスは起きます。
その時は、ミスを認めるべきです。
そこから新しい関係は生まれます。
新しいスタートは切られます。
さらに述べます。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
それはカウンセラーのミスもあります。
相談に来る人は、カウンセラーの発言に希望を持っています。
ところが100パーセント、沿うことは不可能です。
ずれは必ずあります。
その時に、カウンセリングはストップしがちです。
場合によっては、破壊的方向に進みます。
よってミスに気をつけましょう。
何事も、ミスに注意です。
それでも、ミスは起きます。
その時は、ミスを認めるべきです。
そこから新しい関係は生まれます。
新しいスタートは切られます。
さらに述べます。
2017年07月17日
新しいカウンセリング こころの傷を持った子供 87
お知らせ 熊本地震及び東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
それはカウンセラーのミスもあります。
相談に来る人は、カウンセラーの発言に希望を持っています。
ところが100パーセント、沿うことは不可能です。
ずれは必ずあります。
その時に、カウンセリングはストップしがちです。
場合によっては、破壊的方向に進みます。
よってミスに気をつけましょう。
何事も、ミスに注意です。
それでも、ミスは起きます。
その時は、ミスを認めるべきです。
そこから新しい関係は生まれます。
新しいスタートは切られます。
日本の先生は、ミスを認めたがりません。
それゆえに日本でミスを認めることは、大切です。
さらに述べます。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
それはカウンセラーのミスもあります。
相談に来る人は、カウンセラーの発言に希望を持っています。
ところが100パーセント、沿うことは不可能です。
ずれは必ずあります。
その時に、カウンセリングはストップしがちです。
場合によっては、破壊的方向に進みます。
よってミスに気をつけましょう。
何事も、ミスに注意です。
それでも、ミスは起きます。
その時は、ミスを認めるべきです。
そこから新しい関係は生まれます。
新しいスタートは切られます。
日本の先生は、ミスを認めたがりません。
それゆえに日本でミスを認めることは、大切です。
さらに述べます。
2017年07月18日
新しいカウンセリング こころの傷を持った子供 88
お知らせ 熊本地震及び東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
それはカウンセラーのミスもあります。
相談に来る人は、カウンセラーの発言に希望を持っています。
ところが100パーセント、沿うことは不可能です。
ずれは必ずあります。
その時に、カウンセリングはストップしがちです。
場合によっては、破壊的方向に進みます。
よってミスに気をつけましょう。
何事も、ミスに注意です。
それでも、ミスは起きます。
その時は、ミスを認めるべきです。
そこから新しい関係は生まれます。
新しいスタートは切られます。
日本の先生は、ミスを認めたがりません。
それゆえに日本でミスを認めることは、大切です。
この先生は、ミスを認めた。
ここから新しいスタートは切られます。
さらに述べます。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
それはカウンセラーのミスもあります。
相談に来る人は、カウンセラーの発言に希望を持っています。
ところが100パーセント、沿うことは不可能です。
ずれは必ずあります。
その時に、カウンセリングはストップしがちです。
場合によっては、破壊的方向に進みます。
よってミスに気をつけましょう。
何事も、ミスに注意です。
それでも、ミスは起きます。
その時は、ミスを認めるべきです。
そこから新しい関係は生まれます。
新しいスタートは切られます。
日本の先生は、ミスを認めたがりません。
それゆえに日本でミスを認めることは、大切です。
この先生は、ミスを認めた。
ここから新しいスタートは切られます。
さらに述べます。
2017年07月19日
新しいカウンセリング こころの傷を持った子供 89
お知らせ 熊本地震及び東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
それはカウンセラーのミスもあります。
相談に来る人は、カウンセラーの発言に希望を持っています。
ところが100パーセント、沿うことは不可能です。
ずれは必ずあります。
その時に、カウンセリングはストップしがちです。
場合によっては、破壊的方向に進みます。
よってミスに気をつけましょう。
何事も、ミスに注意です。
それでも、ミスは起きます。
その時は、ミスを認めるべきです。
そこから新しい関係は生まれます。
新しいスタートは切られます。
日本の先生は、ミスを認めたがりません。
それゆえに日本でミスを認めることは、大切です。
この先生は、ミスを認めた。
ここから新しいスタートは切られます。
カウンセリングは、カウンセラーもぎりぎりに追い込まれます。
そこで行うものです。
さらに述べます。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
それはカウンセラーのミスもあります。
相談に来る人は、カウンセラーの発言に希望を持っています。
ところが100パーセント、沿うことは不可能です。
ずれは必ずあります。
その時に、カウンセリングはストップしがちです。
場合によっては、破壊的方向に進みます。
よってミスに気をつけましょう。
何事も、ミスに注意です。
それでも、ミスは起きます。
その時は、ミスを認めるべきです。
そこから新しい関係は生まれます。
新しいスタートは切られます。
日本の先生は、ミスを認めたがりません。
それゆえに日本でミスを認めることは、大切です。
この先生は、ミスを認めた。
ここから新しいスタートは切られます。
カウンセリングは、カウンセラーもぎりぎりに追い込まれます。
そこで行うものです。
さらに述べます。
2017年07月20日
新しいカウンセリング こころの傷を持った子供 90
お知らせ 熊本地震及び東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
それはカウンセラーのミスもあります。
相談に来る人は、カウンセラーの発言に希望を持っています。
ところが100パーセント、沿うことは不可能です。
ずれは必ずあります。
その時に、カウンセリングはストップしがちです。
場合によっては、破壊的方向に進みます。
よってミスに気をつけましょう。
何事も、ミスに注意です。
それでも、ミスは起きます。
その時は、ミスを認めるべきです。
そこから新しい関係は生まれます。
新しいスタートは切られます。
日本の先生は、ミスを認めたがりません。
それゆえに日本でミスを認めることは、大切です。
この先生は、ミスを認めた。
ここから新しいスタートは切られます。
カウンセリングは、カウンセラーもぎりぎりに追い込まれます。
そこで行うものです。
ミスを認めることも、その一つです。
とにかくカウンセラーは聴きました。
さらに述べます。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
それはカウンセラーのミスもあります。
相談に来る人は、カウンセラーの発言に希望を持っています。
ところが100パーセント、沿うことは不可能です。
ずれは必ずあります。
その時に、カウンセリングはストップしがちです。
場合によっては、破壊的方向に進みます。
よってミスに気をつけましょう。
何事も、ミスに注意です。
それでも、ミスは起きます。
その時は、ミスを認めるべきです。
そこから新しい関係は生まれます。
新しいスタートは切られます。
日本の先生は、ミスを認めたがりません。
それゆえに日本でミスを認めることは、大切です。
この先生は、ミスを認めた。
ここから新しいスタートは切られます。
カウンセリングは、カウンセラーもぎりぎりに追い込まれます。
そこで行うものです。
ミスを認めることも、その一つです。
とにかくカウンセラーは聴きました。
さらに述べます。
2017年07月22日
新しいカウンセリング こころの傷を持った子供 91
お知らせ 熊本地震及び東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
それはカウンセラーのミスもあります。
相談に来る人は、カウンセラーの発言に希望を持っています。
ところが100パーセント、沿うことは不可能です。
ずれは必ずあります。
その時に、カウンセリングはストップしがちです。
場合によっては、破壊的方向に進みます。
よってミスに気をつけましょう。
何事も、ミスに注意です。
それでも、ミスは起きます。
その時は、ミスを認めるべきです。
そこから新しい関係は生まれます。
新しいスタートは切られます。
日本の先生は、ミスを認めたがりません。
それゆえに日本でミスを認めることは、大切です。
この先生は、ミスを認めた。
ここから新しいスタートは切られます。
カウンセリングは、カウンセラーもぎりぎりに追い込まれます。
そこで行うものです。
ミスを認めることも、その一つです。
とにかくカウンセラーは聴きました。
話を充分に聴き、こう伝えました。
「あなたが、いまの困難から立ち直りたいという気持ちが伝わってきました」
さらに述べます。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
それはカウンセラーのミスもあります。
相談に来る人は、カウンセラーの発言に希望を持っています。
ところが100パーセント、沿うことは不可能です。
ずれは必ずあります。
その時に、カウンセリングはストップしがちです。
場合によっては、破壊的方向に進みます。
よってミスに気をつけましょう。
何事も、ミスに注意です。
それでも、ミスは起きます。
その時は、ミスを認めるべきです。
そこから新しい関係は生まれます。
新しいスタートは切られます。
日本の先生は、ミスを認めたがりません。
それゆえに日本でミスを認めることは、大切です。
この先生は、ミスを認めた。
ここから新しいスタートは切られます。
カウンセリングは、カウンセラーもぎりぎりに追い込まれます。
そこで行うものです。
ミスを認めることも、その一つです。
とにかくカウンセラーは聴きました。
話を充分に聴き、こう伝えました。
「あなたが、いまの困難から立ち直りたいという気持ちが伝わってきました」
さらに述べます。
2017年07月24日
新しいカウンセリング こころの傷を持った子供 92
お知らせ 熊本地震及び東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
それはカウンセラーのミスもあります。
相談に来る人は、カウンセラーの発言に希望を持っています。
ところが100パーセント、沿うことは不可能です。
ずれは必ずあります。
その時に、カウンセリングはストップしがちです。
場合によっては、破壊的方向に進みます。
よってミスに気をつけましょう。
何事も、ミスに注意です。
それでも、ミスは起きます。
その時は、ミスを認めるべきです。
そこから新しい関係は生まれます。
新しいスタートは切られます。
日本の先生は、ミスを認めたがりません。
それゆえに日本でミスを認めることは、大切です。
この先生は、ミスを認めた。
ここから新しいスタートは切られます。
カウンセリングは、カウンセラーもぎりぎりに追い込まれます。
そこで行うものです。
ミスを認めることも、その一つです。
とにかくカウンセラーは聴きました。
話を充分に聴き、こう伝えました。
「あなたが、いまの困難から立ち直りたいという気持ちが伝わってきました」
このように受け止め、伝えました。
それだけでも、気持ちは楽になります。
さらに述べます。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
それはカウンセラーのミスもあります。
相談に来る人は、カウンセラーの発言に希望を持っています。
ところが100パーセント、沿うことは不可能です。
ずれは必ずあります。
その時に、カウンセリングはストップしがちです。
場合によっては、破壊的方向に進みます。
よってミスに気をつけましょう。
何事も、ミスに注意です。
それでも、ミスは起きます。
その時は、ミスを認めるべきです。
そこから新しい関係は生まれます。
新しいスタートは切られます。
日本の先生は、ミスを認めたがりません。
それゆえに日本でミスを認めることは、大切です。
この先生は、ミスを認めた。
ここから新しいスタートは切られます。
カウンセリングは、カウンセラーもぎりぎりに追い込まれます。
そこで行うものです。
ミスを認めることも、その一つです。
とにかくカウンセラーは聴きました。
話を充分に聴き、こう伝えました。
「あなたが、いまの困難から立ち直りたいという気持ちが伝わってきました」
このように受け止め、伝えました。
それだけでも、気持ちは楽になります。
さらに述べます。
2017年07月25日
新しいカウンセリング こころの傷を持った子供 93
お知らせ 熊本地震及び東日本大震災の被災者及びご家族、お知り合いに被災者のいらっしゃる方のためにボランティアによる無料の電話によるこころのカウンセリングを行っております。24時間受け付けております。ご利用ください。℡03-5888-7354です。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
それはカウンセラーのミスもあります。
相談に来る人は、カウンセラーの発言に希望を持っています。
ところが100パーセント、沿うことは不可能です。
ずれは必ずあります。
その時に、カウンセリングはストップしがちです。
場合によっては、破壊的方向に進みます。
よってミスに気をつけましょう。
何事も、ミスに注意です。
それでも、ミスは起きます。
その時は、ミスを認めるべきです。
そこから新しい関係は生まれます。
新しいスタートは切られます。
日本の先生は、ミスを認めたがりません。
それゆえに日本でミスを認めることは、大切です。
この先生は、ミスを認めた。
ここから新しいスタートは切られます。
カウンセリングは、カウンセラーもぎりぎりに追い込まれます。
そこで行うものです。
ミスを認めることも、その一つです。
とにかくカウンセラーは聴きました。
話を充分に聴き、こう伝えました。
「あなたが、いまの困難から立ち直りたいという気持ちが伝わってきました」
このように受け止め、伝えました。
それだけでも、気持ちは楽になります。
もう一つ言えば、全体をプラスにとらえています。
その姿勢が、現れています。
さらに述べます。
新しいカウンセリングとして、「こころの傷を持った子供」のカウンセリングを述べます。
最近、福島県から移り住んだ子供たちの問題がニュースになっています。
福島出身ゆえに、いじめられたりします。
地震や原子力事故により、こころの傷を負った子供たちです。
その子たちが、いじめにあいます。
本来、その子たちは守られるべき子供です。
だが現実は、そうなりません。
いじめている子も、傷の性格は異なりますがこころの傷を負った子供たちだからです。
いじめの解決は、何重にも難しいのです。
こころの傷を負った子供たちは、正しい困難の解決ができません。
ゆがんだ解決をしがちです。
そんな子供が集まれば、いじめが起きがちです。
守られるべき子供は、逆にいじめられます。
ここに現在の、いじめ問題の難しさがあります。
子供たちの土台が、ゆがんでしまったのです。
こころの土台が、ゆがんでいます。
それにより子供社会の土台もゆがんでしまったのです。
このような子供社会のゆがみも、現実にあります。
しかしながら、すべての子供がゆがんでいる訳でもありません。
風が吹いても、すべての木が倒れることはありません。
倒れない木もあります。
けっして外側の世界が、全てではありません。
個の側の問題もあります。
カウンセリングでは、子供の個の側の問題を主に直接扱います。
間接的には、子供社会とも関係を持ちます。
こころの傷を持った子供には、辛抱強く接することが必要です。
待つことです。
ゆっくりとそしてどっしり構えることが、大切です。
その姿勢が、こころの傷を持った子供の気持ちを安定させます。
高校野球の監督と同じ姿勢が必要です。
ピンチでも、どっしり構えることが大切です。
監督はピンチの時、どっしり構えなければいけません。
そうしなければ、高校球児は動揺します。
カウンセリングも、同じです。
カウンセラーはどっしり構えなければいけません。
どっしりした構えこそが、安心感を生みます。
全てを支えます。
極端な話、どっしりした構えのみで改善することも多いのです。
家族はどっしりした構えられないからこそ、混乱します。
野球のキャッチャーも、ミットをはどっしり構えなければいけません。
ミットは、少しもブレてはいけません。
ミットが少しでも動けば、ピッチャーは動揺します。
ストライクは投げられません。バッターにその理由は解りません。
家族のカウンセリングでは、多くの場合バッターは親です。
何もわからない親が、無理解な態度を示します。
子供は、その無理解さにいらだちます。
そのいらだちが、トラブルを生みます。
無理解さゆえのトラブルを、一つ一つ解決していきます。
一つ一つの解決ごとに、前に進みます。
親子関係の解決と、子供の成長は並行します。
ここに子供のカウンセリングの、特徴はあります。
その「成長は全てを引き上げます」。
これが子供のカウンセリングのポイントです。
大人のカウンセリングよりも、子供のカウンセリングの方が楽観的な面もあります。
子供には成長という追い風が吹いています。
こころの傷を持った子供のカウンセリングは、この追い風に乗せれば良いのです。
グライダーのように、追い風に乗ることがポイントです。
ただしこの成長という追い風は、それほどさわやかなものではありません。
ときには台風のように、吹き荒れるものです。
その吹き荒れる風を、おだやかなものに変えていきます。
そうやって、追い風として役立てるのです。
こころの傷には、東日本大震災のような自然現象によるものもあります。
または交通事故のような人為的なものもあります。
そのような経験を、個人がスポンジのように吸収していきます。
それが体験化されます。
当然、個人のスポンジのような吸収力にも差があります。
強く吸収するものも、逆もあります。
ただし誰でも、地震により目の前で家族が亡くなればトラウマになります。
平気でいられる人はいません。
多くの場合、時間が解決してくれます。
だがそうなれないトラウマもあります。
正確には、だがそう「なれない」トラウマもあります。
「ならない」のではなく、「なれない」トラウマです。
それは死、特に家族の死です。
最近ではペットの死で、立ち直れない人も多いです。
次にモデルで述べます。
それは4人家族で、夫の死によるものです。
子供が二人、男の子と女の子です。
奥さんは40歳ぐらいの人です。
ご主人の交通事故による死です。
それも目の前で起きたものです。
ゴールデンウィークに家族で、地方の行楽地に車で出かけました。
その時起きました。
高速道路で、車が動かなくなりました。
その時、悲劇は起きます。
不用意に車の外に出た、ご主人は交通事故にあいます。
それも家族の目の前です。
その時のショックは耐え難いものです。
大きなトラウマになりました。
そのことに男の子も女の子も、奥さんも耐えられません。
生活の重しになっています。
この交通事故のトラウマを、家族全員で共有しています。
このようなケースでは、母親に対する働きかけが必要です。
母親を通して、子供のカウンセリングも行われました。
家族療法のようなスタイルです。
子供のカウンセリングは、親を通して行われることも多いのです。
特にこのケースのように、親子ともに傷ついている場合は多いのです。
親子ともに傷ついている場合は、子供のカウンセリングは親を通して行われます。
そのカウンセリングのプロセスを述べます。
先ずカウンセラーが、語りかけます。
これが短期のカウンセルングの特徴です。
正確には語りかけというよりは、質問をします。
そうでなければ、短期間でカウンセルングは終了しません。
この人にも、このように質問しました。
新しいカウンセリングでは、質問はだいたい決まっています。
最初にする質問は多くの場合、次のものです。
「カウンセリングがあなたと子供のために意味のあるものであるにはどのように進み、あなた達がどうなれば良いですか?」
新しいカウンセリングでは、最初に解決とその道筋のイメージを問うのです。
これも新しいカウンセリングの特徴です。
一番最初の面接で、解決までの姿を描いておきます。
これが新しいカウンセリングです。
ところが何事も、筋書きとおりには進みません。
イレギラーします。
この人もイレギラーしました。こう答えました。
「それを教えてください」
さらに、こう続けました。
「そのために来ました」
カウンセリングに初めて来た人は、こう答えることも多いのです。
英語や数学を教えてもらうような感覚で、来室します。
カウンセリングに、それは織り込まれています。
そこで一歩下がりました。
そしてこう告げました。
「そのために、先ずあなたの話をじっくり伺いましょう」
カウンセラーはここで柔軟に対応しました。
新しいカウンセリングの設計図よりも、母親との信頼関係の構築に向かいました。
設計図通りいかなければダメ、ということはありません。
ハンドルを柔軟に切れば良いのです。
さらには話をじっくり聴きながら、同時に新しいカウンセリングもその間に取り入れます。
そのために、「あなたの話をじっくり伺うことにより、この時間がどのように役立てられますか?」と尋ねました。
常に常に、前向きな質問をします。
それによりその人の前向きな姿勢を引き出します。
それに対しこう答えました。
「自分の気持ちを、先ずさらけ出し解放したいんです」
カウンセリングを受ける多くの人は、自分の気持ちが心の中にたまっています。
それが子供に向かいがちです。
その心の中にたまった気持ちを解放します。
その時、子供に不満は向かいません。
親の不満や不安が、子供に向かうことは多いのです。
それにより子供は苦しみます。
「自分の気持ちを、さらけ出し解放する」ことができれば、親の不満や不安が子供に向かうことはありません。
子供も苦しみません。
子供の苦しみは、親の不満や不安が子供に向かった結果であることが多いのです。
あと学校の先生や他の大人たちの不満や不安が、子供に向かった結果であることも多いのです。
これは、子供にとって理不尽です。
筋の通らないことです。
誰でも筋の通らない不満や不安が、自分に向かったら困ります。
子供はその筋の通らない不満や不安に、対処すべきことを知りません。
筋の通らない不満や不安に巻き込まれがちです。
その結果、ますます親の筋の通らない不満や不安は強まります。
この悪循環をストップする必要があります。
そのために、困難と先ず距離を取ります。
そのためにカウンセリングでは、相手の話を聴きます。
ひたすら聴きます。
聴くのであって、聞くわけではありません。
身を入れて受け取ります。
充分に受け取ります。
そのとき前向きさは生まれます。
誰でも自分が充分に受けいられた時、前向きになります。
その姿勢を作り、維持することです。
難しいのは姿勢を維持することです。
多くの場合、途中で折れてしまいます。
それはカウンセラーのミスもあります。
相談に来る人は、カウンセラーの発言に希望を持っています。
ところが100パーセント、沿うことは不可能です。
ずれは必ずあります。
その時に、カウンセリングはストップしがちです。
場合によっては、破壊的方向に進みます。
よってミスに気をつけましょう。
何事も、ミスに注意です。
それでも、ミスは起きます。
その時は、ミスを認めるべきです。
そこから新しい関係は生まれます。
新しいスタートは切られます。
日本の先生は、ミスを認めたがりません。
それゆえに日本でミスを認めることは、大切です。
この先生は、ミスを認めた。
ここから新しいスタートは切られます。
カウンセリングは、カウンセラーもぎりぎりに追い込まれます。
そこで行うものです。
ミスを認めることも、その一つです。
とにかくカウンセラーは聴きました。
話を充分に聴き、こう伝えました。
「あなたが、いまの困難から立ち直りたいという気持ちが伝わってきました」
このように受け止め、伝えました。
それだけでも、気持ちは楽になります。
もう一つ言えば、全体をプラスにとらえています。
その姿勢が、現れています。
さらに述べます。